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2015年4月11日 (土)

第七回米州サミットに思う(1)

41011日、パナマで第七回米州サミットが開催されている。歴史的サミット、と言われ、開催前から世界の主要メディアが注目し、パナマに集まってきた。我が国のメディアも例外ではない。1994年の第一回以来、初めてのキューバ首脳参加だからこそ歴史的、と言い切る論調に溢れている。10日、全首脳が揃った後、オバマ大統領とラウル・カストロ国家評議会議長が言葉と握手を交わした。両首脳は11日に会談の場を持つと言う。ただ歴史的、と言うのは、コロンビアのカルタヘナで開催された前第六回サミット時、キューバ抜き、との理由により米州サミットの存続自体が危ぶまれた経緯もあり(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/04/post-767a.html参照)、これが覆ったことにこそある、と言えるかも知れない。

やはり米州サミットとしては初めてのこととなるが、ローマ法王庁もヴァチカン国務長官のパロリン枢機卿を代表として派遣した。ラ米出身の法王(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2013/03/post-bd81.html参照)が2013年誕生して初めての米州サミットでもある。そのフランシスコ法王から主催者であるパナマのバレラ大統領宛の「誠実な対話がお互いの違いを克服し共通の善に向かう道を得んことを」とのメッセージは、同枢機卿が開会式で読み上げた。

来月任期満了を迎える米州機構(OAS)のインスルサ事務総長にとっては、最後のサミットになる。彼は「コロンビアのゲリラとの和平交渉が進み、米国とキューバが接近している中での歴史的なサミット」と評した。彼の後任には、ムヒカ前政権で外相を務めたアルマグロ前ウルグアイが決まっている。彼はOAS次期事務総長ながら、1960年代にOASがキューバの加盟資格停止を決めたことを馬鹿げたもの、と言ってはばからない。

その歴史的サミットに欠席したのは、35ヵ国首脳の中で、チリのバチェレ大統領のみだ。社会党のアジェンデ元大統領(1908-73年。在任1070-73年)の系譜であり、是非出席したかったことと思うが、北部を襲った豪雨により甚大な被害を受け、今、国を空けるわけにいかない、と伝わる。加えて、大統領府社会文化局長を務めていた彼女の長男の妻が経営する会社が融資を受ける際に、夫の影響力を利用した疑いが出て、国民の反感が高まっていることも背景にあるように思える。このスキャンダルで、彼女の長男は2月に辞職した。彼女の直近の国民支持率は31%と低迷している。 

前第六回サミットでは、キューバが招かれないことに抗議したコレア・エクアドル、オルテガ・ニカラグア、チャベス・ベネズエラ(当時)各大統領が欠席した。今回は全員が出席している。前回はキューバとマルビナス(フォークランド)の問題で結局共同声明が出せず仕舞いだった。今回も、ベネズエラが、オバマ政権が39日に出した制裁の取り消しを共同声明に入れることを強硬に要求しており、二回連続で共同声明無しのサミットとなりそうだ。 

オバマ大統領は、出席し歓迎を受けたカリブ共同体(CARICOM)サミットが開かれたジャマイカから入った。同地で、米国はラ米とは最良の時代を迎えている、と語った。過去50年余、どの大統領も成し得なかったキューバとの国交回復を目前に控えている。これが実現すれば、米国内の大半と世界から偉業、と称えられることは間違いない。同地からラウル・カストロと電話会談も行った。ベネズエラ問題は、マドゥーロ政権が、人権侵害の責任者への制裁を、米国に対する脅威ゆえの制裁と摩り替えているだけで、大きな問題にはなるまい、と考えていたのだろう。

事実、僅か2日のサミット期間に、次々と首脳会談の要請が入ってきた。サミットの主人公は正しくオバマ氏だ。忙しい日程をこなしている。

サミットと並行して開催されている市民社会フォーラムにも、ソリス・コスタリカ、バスケス・ウルグアイ大統領と共に顔を出した。キューバ市民代表として参加しようとした体制派グループが、やはり参加を認められた反体制派と街頭で衝突、反体制派が参加する以上、同席できない、として、体制派が引き揚げる事件も起きたイベントだ。キューバ反体制派とのやりとりは、外電を追いかけても、どうもよく聞こえてこない。

また、米州開銀(IDB)主催の、世界の著名経営者が集まった経済界フォーラムにもバレラ・パナマ、ルセフ・ブラジル、ペーニャニエト・メキシコ各大統領と共に出た。

                                                                           (続く)

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