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2014年12月 5日 (金)

タバレ・バスケスの再登場-ウルグアイ総選挙後編

 http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/11/post-9981.htmlに続ける。結果として、バスケス氏(74歳)が得票率を第一回目から7ポイント引き上げ、有効票ベースで56.6%となり、難なく大統領復帰を決めた。彼の第一次政権末の国民支持率(popularidad。人気度という表現が近い)は70%を超え、ブラジルのルラ、チリのバチェレ両大統領(当時)と並び称されたものだったので、それでも低い数字かもしれないが、ここ70年間では大統領選での得票率としては最高、と言われる。

 繰り返すまでもないが、2004年選挙で、彼が十九世紀前半からの二大政党(コロラド、国民)時代に終止符を打たせた。彼自身が所属する社会党を始めとする左派系政党の集まりである「拡大戦線(FA)」の初めての政権を誕生させた。FAには「人民参加運動(MPP))」という、元左翼ゲリラ組織のトゥパマロス(私のホームページの中の軍政時代とゲリラ戦争ゲリラ戦争をご参照)の流れを汲む政党が含まれる。政策が左傾化し民主主義が毀損させられる恐れから、このラ米随一の人口小国に、国際的な注目が寄せられた。 

 確かに、域内左派系諸国との関係が好転した。キューバとの国交正常化も果たした(だが、当時、対キューバ外交断絶自体が、ラ米では異常だった)。ベネズエラがメルコスル加盟を申請すると、真っ先にこれを認めた。他方、アルゼンチンとは、ウルグアイ川沿いのセルロース工場建設を認めたことで、緊張関係に陥った。同国のキルチネル前大統領の南米諸国連合(Unasur)初代事務局長就任に反対もした。これを除くと、対米関係を含め、対外関係は良好だったと言える。内政面では、教育や厚生分野に力を注ぎ、税制改革(所得税対象の拡大と累進課税導入)などで富の再分配を進めた。それでも経済政策は、同じ左派傾向の強い当時のチリと同様、自由主義に沿い、経済分野への国家介入には踏み込まなかった。

74歳で彼からバトンを引き継いだムヒカ大統領は、FA内の最急進派ともいえるそのMPPのリーダーだった。伝説的リーダーでトゥパマロスの創設者でもあるセンディック(1926-89)の後継者と目されていた。出自が左翼ゲリラの政党であろうが、そこから下院議員、上院議員となり、農牧水産相を務め、先進国並みの教育水準を誇るウルグアイで、有権者数256万人、投票者数230万人から120万票を集めて、堂々と大統領になった人だ。国民にも国際社会にも抵抗は無かった、と言える。20103月、彼の就任式に出席したヒラリー・クリントン国務長官(当時)は、ウルグアイ民主主義は域内の手本になる、と讃えた、と伝わる(以上、5年前のムヒカ勝利及びウルグアイの政党事情については、http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-c910.htmlを再読願えれば幸甚です)。

バスケス氏には、EFE通信によれば、早速、米州機構(OAS)のインスルサ事務総長、南米諸国連合(Unasur)のサンペール事務局長、米国のケリー国務長官、スペインのラホイ首相などから祝意が送られて来た。フェルナンデス・アルゼンチン、マドゥロ・ベネズエラ、コレア・エクアドル各大統領やバイデン米副大統領は本人に電話を掛け、勝利を祝した。左派系勝利を意識してか、マドゥロ氏はツイッターで、バスケス氏に同志(Compañero)の冠を着けて称えている。 

 決選投票から間もない122日、彼は次期政権の閣僚候補を発表した。既に、次期副大統領には、ラウルフェルナンド・センディック氏(52歳)が決まっている。上述のセンディックの息だ。ムヒカ政権から横滑りするのは、国防相、内相、観光相、そして農牧水産相と4名もいる。72歳の国防相はトゥパマロス出身の元ゲリラで知られる。また経済・財務相に起用するのは、アストリ現副大統領(74歳)だ。つまり、ムヒカ政権との継続性を示したことになろう。一方で、その経済・財務相と、文部科学相、運輸・公共事業相及び社会開発相の4名は、彼の第一次政権で閣僚を務めた。いずれも、かなりの年配者たちだ。気になる外相には、第一次政権時代の副大統領、ニンノボア上院議員(66歳)を起用する。数名の新任閣僚を含め、バスケス氏独自の構想を示すものだろう。

 ムヒカ大統領は「ペペ・ムヒカ」と呼ばれ、給与の大半を辞退し、生活が質素なことで知られる。国民の人気は高い。生活は質素な彼自身は上院議員として、政界に残る。彼の出身母体のMPPFA内の第一党であり、彼の夫人、ルシア・とポランスキー上院議員がリーダーを勤めている。一方でバスケス氏の社会党は第三位とされる。ムヒカ氏は4日、Unasurサミットに出席のためエクアドルに向かい、そのままメキシコのカンクン経由、89日にベラクルスで開催されるイベロアメリカサミットに出席し、バスケス氏と会うのは12日、と伝えられる。

 

  ウルグアイは上述の通り、人口面ではラ米19カ国で最小国だ。ただ、一人当りのGDPがチリ、アルゼンチンに次いで高く、経済面では中米6カ国やパラグアイ、ボリビアよりも大きい。ムヒカ政権下のこの国で世界が注目したのは、マリフアナの売買及び所持の免罪化だろう。麻薬犯罪の凶悪化を阻止するには、一定の規制を施した上で合法化したほうが良い、との考え方に基づく。この考え方をとる大統領は、ラ米には何人もいる。だが実施には二の足を踏んでいる。元々医師のバスケス次期大統領は、実は反対だが、法制化された以上、従う、との立場だそうだ。街の薬局でのマリフアナ販売は、法的には認められたが、その実施に関わる措置は遅れており、彼の政権に委ねられている由で、もたつくことだろう。

バスケス第一次政権下、人工中絶法が通った。彼自身は、これに異を唱え、信念を持って、との表現つきで、拒否権を発動した経緯がある。施行はムヒカ政権による。これをどうこうすることはあるまい。だが、彼には世界最大のタバコ会社のフィリップ・モリス社と対立して進めた喫煙規制の実績がある。マリフアナ問題同様、医療、健康問題への執念は、結構強いようだ。

 

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