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2014年12月19日 (金)

米国の対キューバ関係正常化への動き(1)

1216日、オバマ米大統領がラウル・カストロ・キューバ国家評議会議長と電話会談を行い、両国間関係改善に動き出した。この二人は、1年前のマンデラ元南ア大統領葬儀で顔を合わせ、握手を交わしたことで注目された(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/01/oas-3d14.html)が、それより以前にフランシスコ・ローマ法王やカナダ政府から提供された交渉の場で、水面下での動きは進められていた由だ。

私事で恐縮だが、私は米国が好きだ。だが、対キューバ制裁は絶対に許しがたい蛮行としか言いようが無い。CIAがカストロ暗殺の謀を幾度もめぐらしたことは事実として広く知られるが、教育の場で国民を苦しめ続けるカストロ独裁国と教え込み、法律で米国企業を禁輸で、米国民を渡航禁止で縛り、テロリスト支援国家に位置づける。国際社会では毎年国連総会の場で対キューバ制裁への非難決議が繰り返されている中で、聴く耳持たずの唯我独尊を貫く。世界最大の経済大国で、軍事面でも国際社会への影響力でも超大国である米国が、眼と鼻の先にある人口で30分の1に過ぎない小さな島国を、真面目な顔で苛め抜いている姿は、いかにも子どもじみて、私には寧ろ惨めに映る。

私がニューヨーク勤務時代の199911月、途中に死亡した母親に伴われてフロリダに漂着したゴンサレス少年を、在マイアミの親戚が引き取るか、父親の待つキューバに送還するかで争われた、いわゆる「エリアン・ゴンサレス事件」が、翌年6月にキューバ送還で決着した際、私は、両国関係正常化が近い、と喜んだ。その後、食糧と医薬品に関わる対キューバ禁輸措置緩和も見られた。さらにその翌年、米国の政権は民主党のクリントンから共和党のブッシュに移った。そしてその年の911日、ニューヨークのワールドトレードセンタービル二棟が航空機による体当たりテロで崩壊させられる、いわゆる9.11事件が起きた。「テロとの闘い」が米国民に深層に植え付けられた。1982年以来、米国政府が「テロ支援国家」に位置づけていたキューバとの関係改善は、遠のいた。 

2009年1月に発足したオバマ政権に、私は対キューバ政策転換の期待が膨らんだ。彼の民主党は、上述通り、クリントン時代(1993-2001)の末期に動きを見せた。その前は、カーター時代(1977-81)に遡る。その初期には両国の利益代表部が設置され、在米キューバ人の里帰りや家族への送金が認められ、当時キューバが軍事支援を行っていたアンゴラから撤兵すれば国交復活に進む、との見方も出てきていたほどだ。だが政権末期に米国に逃れる125千人もの大量難民の発生で、動きは止まった。

オバマ政権は、在米キューバ人里帰り回数制限を撤廃し、送金規制も大幅に緩和した。この点については、ブログで取り上げた第五回米州サミットhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-4db0.htmlを見て頂ければ幸甚だ。ラ米には中道左派を含め、左派系政権が増え、米国でもイデオロギー面でキューバへの抵抗感は薄まっている。ただ禁輸措置のさらなる緩和も、半世紀に及ぶ米国人の渡航の自由規制も手付かずだ。第六回米州サミットの隠れた主人公がキューバだったことは、私もブログで申し上げたhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/04/post-cabd.html

20154月にパナマで行われる第七回サミットには、ラウル・カストロ議長が出席することが確認されている。129日のイベロアメリカサミットに欠席した同議長は、同サミットに出席したコレア・エクアドル大統領を除く8カ国の首脳に加え、新加盟2カ国の首脳が一堂に会する「米州ボリーバル同盟(ALBA)」創設十周年記念サミットを、14日、ハバナで主宰した。この場でも、米国の対キューバ制裁を非難する決議が出されたばかりだった。 

キューバ自身には、当然ながら、対米関係改善を拒む理由は無い。寧ろ、今回の動きの理由は、オバマ大統領の側にあろう。中間選挙で民主党が敗北を喫した。この場合、大統領の実権は低下する。だが彼は、最近、500万人のヒスパニック違法移民の米国内残留を認める旨の声明を出した。米国で人口の15%を上回るヒスパニックに留まらず、ラ米諸国は当然、これを歓迎する。キューバについても同様だ。こちらは、右派、左派に限らず、どのラ米諸国も、今回の動きに喜びの声を上げている。欧州諸国も然り、だ。歴代の政権が手を付けられなかった困難極まる問題だけに、これを根元から転換する、となれば、後世に偉大な大統領として記憶されよう。

これから、だが、対キューバ制裁解除には、立法措置が伴う。議会で過半数を占める野党が抵抗すれば、実現は難しい。政府高官級協議は進むだろうし、テロ支援国家指定除外も、行政当局たる国務省が動けば可能かも知れない。在米キューバ人の里帰りや送金は、実質的に自由化されよう。現在食糧と医薬品の輸出のみが禁輸措置から免れているが、かかる免除商品が拡大されるだろうことから、全米商工会議所も歓迎している。葉巻など、キューバ産品の一部の輸入が再開されよう。だが、根本的解決とはならない。

一方で、対米配慮でこれまで対キューバ投資に二の足を踏んできた他先進諸国企業も、動きを活発化させよう。米国の経済界の焦燥感は募ろう。対キューバ制裁を執拗に唱えることの愚かさには、今回の動きを契機に、米国民も理解していくのではあるまいか。米国では二年後に大統領選が行われる。ヒラリー・クリントン前国務長官が圧倒的な人気だ。彼女は、対キューバ制裁緩和を進言していたことで知られる。同時に行われるのは、上院の三分の一と下院の全員が対象となる議会選だ。それまでに立法措置が拒み続けるのは、得策ではない気がするが、どうだろうか。

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