アルゼンチン債務問題(2)
7月10日の朝日新聞朝刊に、確か3度目だと思うが、アルゼンチン共和国政府の公告が、2ページに亘って出された。これに眼を通している時、ワールドカップでアルゼンチンがPK戦で勝って決勝進出を決めたとテレビが伝えていた。私事にわたって恐縮だが、この2つの事項をつい情緒的に捉えてしまった。現地時間では7月9日、1816年のこの日、独立宣言が発せられた日だ。
それにしても、2005年と2010年に債務のスワップに応じた恩人とも言うべき債権者に対する利払い履行の義務を根拠に、6月30日期日(7月30日まではグレースピリオドとして猶予あり)到来分の決済不履行の責任は、その資金を期日前に預託されながら、ニューヨーク地裁のグリーサ判事の支払い差し止め命令に従うニューヨーク・メロン銀行と支払エージェントに有り、と強調するのには辟易する。命令の背景にある同判事による2012年11月の判決は、6月17日に、米国連邦最高裁により、アルゼンチン側の上告を棄却する形で、最終的には認められており、米国内では司法上の決着がついている。だが公告ではこの点に触れず、グリーサ判事の固有名詞を繰り返す。
確かに、一地裁の一判事の命によって、主権国家のソヴリン債決済が、支払者の手続きが完了していても阻まれる、と言うのは誠に釈然としない。この命令自体は主権国家に対して、ではなく、米国の債券取引機関に対する命令であり、決済が米国内で行われる限り、国際法上の問題は無いのかも知れない。だが、主権国家がデフォルトに陥る結果を招く。回避したければ、本件原告側の債権を買い取らせよ、と連動する以上、域外適用のそしりは免れまい。かかる命令について、国連の機関が、債務国救済への重大な懸念、と早々と表明している。
同判事の判決自体の精査までは、私は手がけていない。NMLなど原告側の債権について支払を拒絶する差別が、平等主義(パリパス。上記公告でも「パリパス判決」と呼んでいる)に抵触すること、及びアルゼンチンには290億㌦(2012年判決時点では400億㌦)もの外貨準備があり、支払い能力に問題無いことを挙げている。だが、払えるのに支払義務を怠っている傲慢さに(判事が)我慢できない、と言う単純な話ではない、と私は信じたい。
原告を「ハゲタカファンド」と呼び、交渉はしない、と言い続けて来たアルゼンチン政府のこれまでの対応にも問題があったのは確かだろう。同判事も、最高裁も、政府と原告側との話し合いを強く促して来た。話し合いの用意はあるが、期限内に合意形成に至るのは不可能、というのが同国政府の抗弁だが、判決後1年と7ヶ月、実際には何の話し合いにも応じようとしなかった。リスケに応じてきた債権者との重要な契約条項に、新たなリスケを行う場合、新規対象者により良いオファーはしない、との一札が入っており、この条項の有効期限が2014年末、つまり、リスケ債権者より劣化する条件を言い募るなら、交渉は法的に不可能、と言うのも事実ではあろう。キシロフ経済相に言わせれば2008年に5,000万ドルで買ったアルゼンチン国債を、金利を含め16億で買い取らせようと法的措置を繰り返す原告である。上記条項を理由にしていても、反発もあろう。
ここに来て、グリーサ判事は弁護士のポラック氏を話し合いの調停役を任命、同国政府もニューヨークに経済相を団長とするミッションを送り7月7日に同氏との第一回目の会合を持った。経済相によれば4時間に及ぶ有益な会合だった由だが、原告側との話し合いには至っていない。ポラック氏からのコメントは伝わって来ない。なお11日にも第二回目の会合を持つ予定、とのことだ。
この4日前、アルゼンチン自らの要請により、ワシントンで米州機構(OAS)の閣僚級会合が持たれ、リスケ合意が成立した債権者への決済が基本、とする宣言文が決議された。草案はブラジルとウルグアイが作成しており、リスケを受け容れなかった原告への支払が無い限り、リスケ債務の決済を認めない、とする判決そのものを非難している。債権者との話し合いの必要性にも触れたが、正当且つ公平、合法を基本とした合意形成が図れるよう、アルゼンチンを支える、としている。経済相は、この宣言を担ってニューヨークに入ったことだろう。米国は不支持、との一筆が、宣言文の脚注に入った。
歴史的には米国政府がイニシアティヴをとって、国際協調の形で債務国救済が行われてきた。結果として、ソヴリン債決済市場としてニューヨークが表舞台に立つようになった。ここに至るには、米国政府他の長期に亘る努力があった。今回事案については、かかる歴史的成果と、司法の独立の狭間で困惑している、と伝えられる。この判決は、これまではアルゼンチン政府が控訴裁判所に上告、弁明を聴取する、資料を揃えるための時間的猶予を与える、と言う経緯を経て、さらには最高裁への上告手続きが続き、その間執行されておらず、米国政府も正直なところでは安堵していた、と想像に難くない。だが、今回はそうはいかない。(続く)
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