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2014年7月31日 (木)

アルゼンチン債務問題(3)

アルゼンチンのリスケ債保有者に対する支払が、当該金額を委託されていたニューヨーク・メロン銀行により実施されない状態は、支払期限から30日間のグレースピリオドが終わった730日までに実行されず、同国は再びデフォルトに陥った。同銀行は、ニューヨーク地裁の一人の判事の命ではあっても、これに従わねば違法行為になるのだから、実行できる訳が無かった。

実は、そのグリーサ判事が土壇場で支払を認めるのではないか、と、私自身は密かに期待していた。市場から二束三文で購入した国債を額面で交換することを専らとするファンドの言いなりになる判事が、世界最大の経済大国であり、世界の金融市場の本拠であり、民主国家の鏡、国際社会のリーダーを自負する米国に存在し、最高裁がその判決を追認し、政権は司法権の独立を盾に黙認すること自体、債務問題に苦しむ世界の多くの国々への脅威だ。アルゼンチン政府が「ハゲタカファンド」とは話し合わない、と言うのを、この判事も最高裁も、当事者同士で話し合うべし、と呼び掛けていたが、こちらが本当の判決だ、と、解しようと思ってきた。

そして、29日と30日の二日間、キシロフ経済相を団長とするミッションを送ったアルゼンチンは、この判事が指名した調停役のポラック氏と共に、原告のファンドとの話し合いの場を持った。だから期待した。同経済相は、まさにその29日、カラカスでのメルコスルサミットにフェルナンデス大統領に同行する立場だった。メディアは驚きを持って彼がニューヨークに赴いたことを伝えた。原告に対し、リスケを引き受けた債権者同様の条件をオファーした。何しろ本年1231日までそれ以上の条件提示を禁じた、いわゆるRUFO条項(Rights Upon Future Offers)がリスケ時に取り決められている。30日には、アルゼンチンの民間銀行協会(ADEBA)代表団も加わり、原告が保有する債権の買取り案も出た。だが、結果的に話し合いは決裂となり、ポラック氏が、これでアルゼンチンはデフォルトに入った、と述べた。 

日本時間の31日朝7時のニュースで、格付け会社のスタンダード&プアー社(S&P)が、アルゼンチンがデフォルトを起こしたため、同国国債の格付けを、SDselective default選択的債務不履行)にダウングレードした、と伝えた。つまり、債務者が選択した債務については支払不履行を起こしたが、その他については履行するだろうとS&Pは判断する、と言うものだ。外電を負い掛けると、これはニューヨーク・メロン銀行の営業時刻終了をもって発表された。そして、キシロフ経済相が直ちに反応した。債務者としての義務は、アルゼンチンは果たした(支払期日前、約定通りに同行に振り込んだ)、債権者に支払われなかったのはニューヨーク地裁のグリーサ判事が同行に差し止め命令を出したからで、これはデフォルトとは言わない、と反論した。

ともあれ、何もS&Pが判断せずとも、他債務は履行されている。726日には5月にリスケ合意していたパリクラブ債務の第一回目支払い(AP電によれば、金額は6.4億ドルの由だ)も行われた。最近の外電を追い掛けると、不履行金額は5.4億ドルに限定されている。8億ドル送金した筈で、差額分は支払われていることになる。ペソ建て分は、ニューヨークは関与していない筈で、外貨建てでもニューヨーク以外での決済もあろう。何も騒いでいないところをみると、支払われていると見て良い。 

メディアが伝えて来ないことに、RUFO条項があるから来年1月まで交渉はできない、とのアルゼンチンの言い分についての、判事、ファンド、調停役の見解が有る。29日のメルコスルサミットで出された、アルゼンチンへの連帯と支持の特別宣言、米州機構(OAS)を含む(但し米・加を覗く)域内統合体のアルゼンチンの立場への支持表明にしても然りだ。アルゼンチンのみならず、債務問題を抱える国々に与える影響についても、そうだ。原告への100%支払命令の根拠として、グリーサ判事がパリパス条項を挙げることへの疑問も述べない。

或いは、どう見ても「ハゲタカファンド」としか言えないファンドの言い分を認める一地方裁判所の判事の判決に、米国政府や銀行が唯々諾々と従うことへの掘り下げも無い。債権者の内、リスケに応じた9293%と言う圧倒的多数のコメントも取らない。第一、リスケの中身も70%棒引き、程度しか述べない。現在の債務情況の実態も極めて大雑把だ。

米国で、最高裁判所までが認めた判決であり、司法決着済みのことに突っ込む必要も無い、との構えかも知れない。それにしても、グリーサ判決に対してアルゼンチンが行った上告は、最高裁が棄却したが、その際には何の理由も示さなかった由だ。これも多少は掘り下げが欲しい。 

IMFのラガルド専務理事が明言したが、アルゼンチンのデフォルトが世界経済に及ぼす負の影響は殆ど無いだろう。アルゼンチンが国際金融市場から疎外されるのは、これまでの十数年間と同じで、普通には高い貿易黒字から得られる外貨準備を使っての債務支払を粛々と行い、より健康体になっていくことを願いたいところだが、ペソ下落が続きインフレはベネズエラに次ぐ高水準だ。気にはなる。上記のRUFO期限到来後、何とかなれば、と思う。

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2014年7月30日 (水)

第46回メルコスルサミット

729日、カラカスでメルコスルの第46回サミットが行われた。正確にはメルコスル共同市場理事会(Consejo del Mercado CmúnCMC)の会合を指す。半年毎に持ち回りする議長国で開催される。

46回サミットは元々、201312月に開催される筈で、議長国はベネズエラからアルゼンチンに引き継がれることになっていた。ところが、その2ヶ月前に慢性硬膜下血腫の摘出手術を受けたフェルナンデス・アルゼンチン大統領の欠席が確実視され、確か2ヶ月延期された。次には、ベネズエラの反政権派による抗議活動が激化しており、さらなる延期を余儀なくされる、と言う経緯を辿った。

1年前の前45回サミットで、20126月の第43回会合で一時的資格停止となったパラグアイの復帰が決議された。その前に行われた選挙(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2013/04/post-25fe.html参照)

を他メンバー国が一致して、民主的だった、と評価したためだ。今回は同国にとり、復帰後初めての出席となる。 

今回サミットには、加盟5ヵ国首脳が勢揃いした。ラテンアメリカのほぼ完成した統合体は、他に中米統合機構(SICA)及びアンデス共同体(CAN)がある(ホームページのラ米の地域統合参照)。この頃、サミットで全首脳が揃うのは珍しい。前者は、コスタリカがSICAの司法裁判所、中米議会いずれにも加盟せず中途半端な立場にあることもあろう。後者は、エクアドルとボリビアの両首脳が消極的なこともあり、ここ数年、サミットを聞いたことが無い。コロンビアとペルーは、メキシコ及びチリとの「太平洋同盟」に力を入れる。

今回のメルコスルサミットには、正式加盟手続き中で現時点では準加盟国のボリビアのモラレス大統領も出席した。準加盟国ではチリのバチェレ大統領も招待されていたが、風邪などを理由に欠席した。太平洋への出口を強く求め、且つ太平洋同盟をラ米にあるまじき新自由主義的統合体、と批判するモラレス氏と同席するのが鬱陶しいのかも知れない。まさか、サミット直後に来訪する日本の阿部首相との会談準備に時間をかけたい、ということはあるまいが。

なお、やはり新自由主義を強く批判するマドゥーロ氏は、太平洋同盟との連携を主張している。 

今回サミットは、2001年末にデフォルトとなったアルゼンチンのソヴリン債を、市場で、二束三文で買い集め、その額面を米国の司法システムを使って強要し、新たなデフォルト危機をもたらしている投機ファンドへの非難とアルゼンチン支援が最大のテーマだった。体調が優れないフェルナンデス氏のサミット出席の最大の目的が、米州機構(OAS)や南米諸国連合(Unasur)、ラテンアメリカ・カリブ共同体(Celac)と言った緩やかな統合体ではなく、統合度がラ米で最も強いメルコスルの支援確保にあったことは明白だろう。 

ところで、加盟5カ国と加盟申請中の1カ国の内、3カ国で本年10月に総選挙が行われる。いずれも、政権継続(与党ベース含む)の公算は高いようだ。

105日、ルセフ・ブラジル大統領、1012日、モラレス・ボリビア大統領が連続再選を目指す。前者はサッカーのワールドカップを成功させながら、直後の世論調査では逆に競争相手との支持率の差が縮まって来ている。後者は支持率が第二位以下を寄せ付けない70%台であり、再選は間違い有るまい。

1026日には、ウルグアイで総選挙が行われる(ブログの年初の記事http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/01/2014-d7b0.html、及びhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/01/20142-6825.htmlには書き落としており、申し訳なく存じます)。この国では連続再選が認められず、ムヒカ大統領は退任、彼の拡大戦線からはタバレ・バスケス前大統領が出馬する。ムヒカ氏より5歳若いが、それでも74歳である。対立候補の筆頭となる国民党のラカジェポウ下院議員は選挙時点で41歳と若く、父親はラカジェエレラ元大統領(在任1990-95)と、毛並みも良い(この国はコスタリカ、パナマ、チリ、かつてのコロンビア、或いは日本同様、政治家の家系から最高指導者が出ることが有る)。だが、支持率を見れば、バスケス候補が10ポイントほどリードしている。 

また、20151018日には、アルゼンチンでも総選挙が行われる。フェルナンデス氏が立候補できるよう、連続二選までしか認めていない憲法を改定する動きもあったが、沙汰止みになり、今は彼女の後継候補の絞込み段階だ。上記3カ国同様、彼女の勝利戦線(FpV)が引き続き政権を担えるかどうか、注視して行きたい。

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2014年7月26日 (土)

習主席の4カ国訪問

プーチン・ロシア大統領によるラ米訪問の一番目の訪問国は、彼と同じくBRICSサミットに出席した習近平・中国国家主席の、ラ米最後の訪問国となった。キューバである。721日夜到着した。翌日、プーチン氏と同様、習氏もフィデル・カストロ前議長と会談の場を持った。副主席時代の2011年の来訪時以来のことだ。最終日の23日、同前議長が弟のラウル現議長らと開始した1953726日のキューバ革命勃発の地、サンティアゴデクーバのモンカダ兵営訪問を終え、同地から北京に出発、10日間にも及ぶラ米歴訪を終えた。プーチン氏のそれは5日間で、帰国するとほぼ同時に、武装した親ロシア派との内戦状態にあるウクライナ東部でマレーシア機の撃墜事件が起き、彼らへの対応を巡り国際的な批判の渦に晒されている。 
 元々、ラ米地域への影響力の浸透ぶりは、中国はロシアを遥かに凌ぐ。実はラ米十九か国中、中国と外交関係の無い(台湾とは有る)国が、
7カ国もある。コスタリカ(20076月から)以外の、パナマを含む中米5カ国とドミニカ共和国、及び南米で唯一パラグアイがそうだ。それでも工業製品のマーケット、鉄鉱石や銅、或いは石油の調達先と、強い補完関係の有るラ米に、中国は強い関心を持つ。
 
習氏は主席になってまだ一年強に過ぎないが、初年にメキシコ、コスタリカ(及びトリニダードトバゴ)を訪問している。今回で、外交関係のある12カ国中、6ヶ国に脚を運んだことになる。隣国日本を無視しながら。ラ米の何が中国を惹き付けるのか。 

 習氏の最初の訪問国はブラジルで、14日に入った。先ずは本来の目的である15日のフォルタレーザでのBRICSサミットに出席、BRICS開発銀行設立を決め、1,000億ドルもの準備基金が決まった。ブラジリアに移り、翌16日、BRICS他メンバーと共に南米諸国連合(Unasur)首脳との会合をこなし、17日、中国単独でラテンアメリカ・カリブ共同体(Celac)のクァルテート(幹事4カ国、とでも言おうか、現在はキューバ、コスタリカ、エクアドル及びアンティーグァ・バーブーダ)を含む計11名の首脳との会合を持ち、計350億ドルものファイナンス供与を約束した。 

次の訪問国はアルゼンチンで、丁度プーチン氏と逆回りの格好だ。フェルナンデス大統領は、BRICS・南米諸国連合(Unasur)サミットで、アルゼンチンのリスケ債務支払を、リスケに応じず100%の返済を要求する一部ホールドアウトの要求を認めるニューヨーク地裁の判事が差し留めたhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/07/post-0f28.htmlことからデフォルト危機に陥っている現状を訴えていたが、Celac首脳と習主席との会合には出席せず帰国していた。そこに18日、彼が訪れた。
 
政治的意味合いが強かったプーチン氏の場合と異なり、軸足は経済協力の強化に置かれた。先ず、約70億ドルの借款供与協定が調印された。ロシアの原子力発電分野での協力、とは異なり、この大半は新たな水力発電所2箇所の建設に使われる。その他、食糧輸送に必要な鉄道改修と車両生産、及び船舶建造に向けられる。加えて、中国元とペソのスワップ枠を向こう3年間110億ドル相当とし、アルゼンチンの外貨準備水準強化や二国間貿易推進に充てるための両国中銀間協定も締結された。2001年のデフォルト以来、対外資金借り入れの道を閉ざされ、今も米国でテクニカルデフォルトに直面するアルゼンチンには、心強い協定となる。 

20日、ベネズエラに入った。この国の2013年の対中貿易額は、同国政府によれば192億ドル。習氏は南米第四位の貿易相手国と言っているが、実際はメキシコを含めラ米で第四位(但し、2012年)だ。ともあれ故チャベス前大統領が中国を戦略的パートナーと位置付け、これまで石油の輸出とオリノコ重油開発、インフラ整備でその存在感を高めてきた。現在原油輸出量は日量60万バーレルだが、オリノコ重油開発の進展を睨み、将来的には、米国向け並みの100万バーレルに引き上げようとしている。
 
マドゥーロ大統領によれば、習氏来訪の機会に技術、石油、鉱物、工業、ファイナンス、陸上輸送、インフラ、住宅、農業部門で計38もの協力協定を締結したようだが、アルゼンチンの場合と異なり、メディア情報では中身が判然としない。現在開発中のオリノコ重油の生産本格化を睨み、中国向け原油輸出量を米国並みの日量100万バーレルに引き上げたい、と言う意向が、両国に共通している。
 
なお、2008年からこれまで中国はベネズエラに500億ドルのファイナンス供与を行い、これを日量52.5万バーレルの石油代金で支払い、既に90%分は返済済み、との、ハウア外相の説明が伝わる。 

そして21日夜、キューバ入りした。日本時間の24日の朝日新聞朝刊にも一部出ていたが、ファイナンス、農業、工業、医療、バイオテクノロジー、石油、鉱業、エネルギー、環境、教育、通信技術など、29の協力協定を締結した。詳細は、伝わって来ない。メディアの関心が集まるのは、どうしてもフィデル氏の健康状態であろう。
 
キューバのこれまでの対中債務(金額は不詳)返済を、10年間繰り延べることも取り決められた。キューバと中国の貿易高は25億ドル(2012年、World FactBook)と、規模はベネズエラやアルゼンチンとは桁違いに小さいが、中国同様に、西半球で唯一の共産党独裁国家である。習氏も共通の価値観という表現を繰り返していたが、極めて重要なパートナーと言えるだろう。

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2014年7月16日 (水)

プーチンの4カ国訪問

ウクライナのクリミアを併合したロシアは、先進要8ヵ国(G8)の一角から離れ、主要新興5カ国、即ちBRICSへの傾倒を強めるのだろうか。何しろ国土面積で言えば世界の32%、人口で言えば45%を占める巨大な国家グループだ。世界一、二の人口大国である中国とインド、マーケットとしての存在感は、極めて大きい。世界最大の鉄鉱石産出国のブラジル、世界最大のガス生産国ロシア、共に世界的資源大国で工業も進む。2011年に加盟した南アも資源、工業化の意味でブラジル、ロシアに似る。
 
715日から、64年ぶり二度目の開催だったサッカーのワールドカップをやり遂げたばかりのブラジルで、4年ぶり二度目のサミットが開かれる。次回ワールドカップ開催国はロシアで、前回は南アだった。プーチン氏が決勝戦を見に行く、との話は随分前に聞いていたが、私は、えらく鷹揚な国柄だ、と言う捉え方をしていた。実は、第六回BRICSサミット出席のためだった。習近平中国主席、モディ・インド首相、ズマ・南ア大統領を含め、5ヵ国の全首脳が東北部海岸都市のフォルタレーザに集合し、この機会にBRICS開発銀行を発足させた。ミニIMFとも言うべき最終的には1,000億㌦に達する準備基金で、本部を上海に置く。 

 プーチン氏は、その諸会合に先立ち、キューバ、ニカラグア、アルゼンチンを訪れた。ブラジルは4カ国目だ。 

 711日のキューバ訪問は、ウクライナ軍に死亡者が出る親ロシア派の軍事行動を巡り、米国の対ロ姿勢が硬化した時に行われた。彼は第一次政権(200008年)期の200012月にも訪問し、1991年のソ連崩壊後冷え切っていた対キューバ関係の改善を図っており、今回は二度目となる。200811月には彼の後任のメドヴェージェフ前大統領も訪問し、その後ラウル・カストロ議長のロシア訪問も実現、関係は経済分野を中心に深まって来ていた。今回は、事前に旧ソ連時代の対キューバ債権の90%棒引きと、残る約35億ドルの10年払いと、石油開発などへの投資によるそのレファイナンスの用意を公表していた。ハバナでは、ラウル氏との首脳会談に加え、87歳のフィデル前議長とも再会し、1時間ほど会談した。写真付きでイタル・タス通信だったかが伝えた。 

 キューバに一泊もせず、彼はニカラグアに飛んだ。マナグア空港でオルテガ大統領夫妻らとの短い会談をこなしたが、予定に無かった行程変更だ。革命直後の1980年代、ニカラグア革命政府は、いわゆるコントラ(反革命勢力)との内戦で、旧ソ連による武器支援を受けた。キューバ経由だった、と言われる。ソ連崩壊と期をほぼ同じくして、右派のビオレタ・デ・チャモロ氏に選挙で敗れたオルテガ氏が下野したわけだが、ロシアはデ・チャモロ政権には冷淡だった。2007年のオルテガ政権復帰と共に、プーチン第一次政権期に関係改善をみている。ただ、ロシア首脳がニカラグアを訪問したことはなく、オルテガ氏には喜ばしいサプライズだった、と外電は伝える。 

 ニカラグアを夜発ち、12日朝にアルゼンチンに到着した。私に興味深かったのは、フェルナンデス大統領が約2週間ぶりに、元気な姿で公に登場したことだ。医師団から休養を強く勧められ、79日の独立記念日の行事をブードゥー副大統領に委ね、また、13日のサッカー決勝をルセフ・ブラジル大統領から招待されていたのに、自国代表チームが出るのに、この観戦を断っていた。彼女の健康状態は気掛かりだが、14日、準優勝したアルゼンチンチームの帰国歓迎の場にも姿を現し、メサらと抱擁を交わし、張りのある声で、立派な成績を残し誇りに思うと言っていた。
 話を戻す。12日、プーチン氏との首脳会談をこなし、夜、彼を国賓とする晩餐会を主宰した。これにはムヒカ・ウルグアイ大統領は出席したが、他に招かれていたマドゥーロ・ベネズエラ、モラレス・ボリビア領大統領は欠席した。私には、つい、彼女の健康問題と繋げて気になる。ともあれ、プーチン氏は英国がマルビナス領有権についてアルゼンチンと交渉すべき、との、彼女にとっては心強いメッセージを発した。彼女が3月、ウクライナ問題で、米英が住民投票を無視したことをダブルスタンダード、と言って強く批判したことに触れ、極めて明快な主権論、と評価した。
 一方で、彼女は米国の司法システムで債務返済が差し止めされている状況を説明した、と伝わる。今回双方代表団は原子力協力などの協定を締結した。彼女は、あくまで平和利用に限定したもの、と強調した。 

 彼がブエノスアイレスに一泊したかどうかはメディアの報道では分からないが、13日、リオデジャネイロでワールドカップの決勝戦を見ていた。テレビが映し出す優勝チームへの表彰の場で、ルセフ大統領の近くに居たメルケル・ドイツ首相の姿をご覧になった方も多かろう。実は彼は彼女との会談をリオで持った由だ。その後、ブラジリアに入り、14日、ルセフ氏の正式な歓迎行事に臨み、且つ二国間協議に入った、と伝わる。彼女はエネルギー、港湾、鉄道などの分野で、ロシアの投資を呼び掛け、また国防や科学技術などの協定が締結された。
 中国がラ米との接近に積極的なのは、周知のことだが、ロシアも、協力関係を強化することで、ラ米接近を本格化させようとしているようだ。ラ米十九カ国で、政党ベースを含め、半数で長期政権、という政治文化(私のホームページ中、ラ米の政権地図ラ米諸国の政党模様参照)が、プーチン氏には親近感があるのではあるまいか。 

 BRICSのサミットメンバーは、この後ブラジリアに場所を移し、南米諸国連合(Unasur)、及びラテンアメリカ・カリブ共同体(Celac)首脳との始めての会合に臨む。

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2014年7月10日 (木)

アルゼンチン債務問題(2)

710日の朝日新聞朝刊に、確か3度目だと思うが、アルゼンチン共和国政府の公告が、2ページに亘って出された。これに眼を通している時、ワールドカップでアルゼンチンがPK戦で勝って決勝進出を決めたとテレビが伝えていた。私事にわたって恐縮だが、この2つの事項をつい情緒的に捉えてしまった。現地時間では79日、1816年のこの日、独立宣言が発せられた日だ。

それにしても、2005年と2010年に債務のスワップに応じた恩人とも言うべき債権者に対する利払い履行の義務を根拠に、630日期日(730日まではグレースピリオドとして猶予あり)到来分の決済不履行の責任は、その資金を期日前に預託されながら、ニューヨーク地裁のグリーサ判事の支払い差し止め命令に従うニューヨーク・メロン銀行と支払エージェントに有り、と強調するのには辟易する。命令の背景にある同判事による201211月の判決は、617日に、米国連邦最高裁により、アルゼンチン側の上告を棄却する形で、最終的には認められており、米国内では司法上の決着がついている。だが公告ではこの点に触れず、グリーサ判事の固有名詞を繰り返す。 

確かに、一地裁の一判事の命によって、主権国家のソヴリン債決済が、支払者の手続きが完了していても阻まれる、と言うのは誠に釈然としない。この命令自体は主権国家に対して、ではなく、米国の債券取引機関に対する命令であり、決済が米国内で行われる限り、国際法上の問題は無いのかも知れない。だが、主権国家がデフォルトに陥る結果を招く。回避したければ、本件原告側の債権を買い取らせよ、と連動する以上、域外適用のそしりは免れまい。かかる命令について、国連の機関が、債務国救済への重大な懸念、と早々と表明している。

同判事の判決自体の精査までは、私は手がけていない。NMLなど原告側の債権について支払を拒絶する差別が、平等主義(パリパス。上記公告でも「パリパス判決」と呼んでいる)に抵触すること、及びアルゼンチンには290億㌦(2012年判決時点では400億㌦)もの外貨準備があり、支払い能力に問題無いことを挙げている。だが、払えるのに支払義務を怠っている傲慢さに(判事が)我慢できない、と言う単純な話ではない、と私は信じたい。

原告を「ハゲタカファンド」と呼び、交渉はしない、と言い続けて来たアルゼンチン政府のこれまでの対応にも問題があったのは確かだろう。同判事も、最高裁も、政府と原告側との話し合いを強く促して来た。話し合いの用意はあるが、期限内に合意形成に至るのは不可能、というのが同国政府の抗弁だが、判決後1年と7ヶ月、実際には何の話し合いにも応じようとしなかった。リスケに応じてきた債権者との重要な契約条項に、新たなリスケを行う場合、新規対象者により良いオファーはしない、との一札が入っており、この条項の有効期限が2014年末、つまり、リスケ債権者より劣化する条件を言い募るなら、交渉は法的に不可能、と言うのも事実ではあろう。キシロフ経済相に言わせれば2008年に5,000万ドルで買ったアルゼンチン国債を、金利を含め16億で買い取らせようと法的措置を繰り返す原告である。上記条項を理由にしていても、反発もあろう。 

ここに来て、グリーサ判事は弁護士のポラック氏を話し合いの調停役を任命、同国政府もニューヨークに経済相を団長とするミッションを送り77日に同氏との第一回目の会合を持った。経済相によれば4時間に及ぶ有益な会合だった由だが、原告側との話し合いには至っていない。ポラック氏からのコメントは伝わって来ない。なお11日にも第二回目の会合を持つ予定、とのことだ。

この4日前、アルゼンチン自らの要請により、ワシントンで米州機構(OAS)の閣僚級会合が持たれ、リスケ合意が成立した債権者への決済が基本、とする宣言文が決議された。草案はブラジルとウルグアイが作成しており、リスケを受け容れなかった原告への支払が無い限り、リスケ債務の決済を認めない、とする判決そのものを非難している。債権者との話し合いの必要性にも触れたが、正当且つ公平、合法を基本とした合意形成が図れるよう、アルゼンチンを支える、としている。経済相は、この宣言を担ってニューヨークに入ったことだろう。米国は不支持、との一筆が、宣言文の脚注に入った。

歴史的には米国政府がイニシアティヴをとって、国際協調の形で債務国救済が行われてきた。結果として、ソヴリン債決済市場としてニューヨークが表舞台に立つようになった。ここに至るには、米国政府他の長期に亘る努力があった。今回事案については、かかる歴史的成果と、司法の独立の狭間で困惑している、と伝えられる。この判決は、これまではアルゼンチン政府が控訴裁判所に上告、弁明を聴取する、資料を揃えるための時間的猶予を与える、と言う経緯を経て、さらには最高裁への上告手続きが続き、その間執行されておらず、米国政府も正直なところでは安堵していた、と想像に難くない。だが、今回はそうはいかない。(続く)

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2014年7月 8日 (火)

アルゼンチン債務問題(1)

本年630日までにNML Capital Ltdらへの13億㌦支払が為されぬ限り、他債権者への返済実行は認めない、とするニューヨーク地裁のグリーサ判事判決を非難するアルゼンチン共和国名の広告は、我が国の大手新聞社に出された。ご覧になった方も多かろう。ここで言う他債権者とは、20052010年のリスケに応じた人たちのことを指し、アルゼンチンから送金される返済資金を受けて、ニューヨーク・メロン銀行が代行する。20121122日の同内容の同判事判決とそっくりだが、その時にはアルゼンチン政府が控訴した裁判所が、後日アルゼンチン側のヒアリング実施が必要、との理由で、判決の実行は見送らせた。

今回は、617日に米国最高裁がアルゼンチンからの上告を棄却したため、上記銀行は他債権者への支払を実施しなかった。即デフォルトではない。一ヶ月間のグレースピリオド(猶予期間)が与えられる。 

アルゼンチンの債務問題、と言われれば、悪びれもせずモラトリアムを宣言し、債務を7割も棒引きさせた厚顔無恥、傲慢、不遜、と言う表現で非難する人がいる。66%の棒引き対象となったディスカウントボンドの印象が強すぎ、またアルゼンチン政府の対応に腹据えかねておられるのだろう。だが、ロイター電でさえ、リスク債務は元本の三分の一、と言う前提で報じている。

2005及び2010年のリスケでスワップされたボンドの、国家統計局調査院(INDEC)が示す2012年末残高は;

 66%のディスカウントボンド(返済期間28年間):

240億㌦(内、外貨建て182億)、金利8.28%、内、非居住者分131億(同、123億)

 割引無しボンド(同、33年):

173億㌦(同、155億)、同、1.33%、同、151億(同、142億)

 2017年満期のグローバルボンド:

10億㌦(同、10億)、同、8.75%同、10億(同、10億)

 30%ディスカウントボンド:

140億㌦(同、ゼロ)、同、3.11%、同、ゼロ(全てペソ建て) 

となっていた。合計すると563億㌦(内、外貨建て347億)、非居住者分292億(内、外貨建て275億)となる。

 http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/11/post-6a4f.htmを読み比べて頂きたいが、①は2005年リスケで119億だったから、2010年では121憶の計算になる。②と④は2005年だけだった。夫々155憶、243憶だ。上記と比較すれば夫々18憶増、103億減、となる。2010年だけに出た③については、金額は不明だった(以上、出所はWikipediaスペイン語版)。数字は、実に掴み難い。そもそも、リスケ対象額が820億㌦で、成立したのが93%、と、今も繰り返し伝えられる。つまり、リスケ合計額は760億㌦内外となる筈だ。上記の563億は、200憶も少ない。 

 アルゼンチン政府は、判事の命令によって影響を受ける債務が240億㌦、と言う。加えて、2005年と2010年のリスケに応じられなかった債務は150億㌦、とも言う。後者については、フェルナンデス大統領自身が何度か指摘しているが、この数字を7%で割り戻せば、リスケ対象の元本が上記の820憶の三倍近い数字になってしまう。明らかな間違いだろう。

 実際のアルゼンチンの対外債務の現行総額はどうなのだろうか。2013年末の推計乃至は暫定値として、The World Factbook1,159億㌦、我がJETROは出所をが、1,376億㌦を出しているが、後者の出所は上記のINDECだ。私も2012年の数字は見たが、中身がさっぱり分からない。上記①~④を分類して掲載した2013年版「外貨収支」報告書を見ると、2012年末の総額は1,054億㌦となっている。計563億㌦との差は、リスケに応じられなかった分を含む国債などが埋めている。一方で、全ての項目で、外貨建てとペソ建て、居住者向けと非居住者向けの区別がされている。ペソ建てについては全体の5割近いが、居住者向けが大半を占め、対外債務、とは言い難い。ただその内の200億㌦が、リスケ対象債務だ。

 5月末、アルゼンチンはパリクラブ債務返済について合意した。その総額は、私にはINDEC資料を見ても把握できないが、Wikipediaスペイン語版にはざっと90億㌦、と出ている。ただ、本年7月に第一回目の5億㌦支払い、第二回目は20155月でやはり5億㌦、期間5年間で2年間の延長が可能、ともあるので、納得し難い内容だ。ともあれ、これらが上記1,054億㌦に含まれているのかどうか、判然としない。(続く)

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