« コロンビア大統領選 | トップページ | アルゼンチン債務問題(1) »

2014年6月18日 (水)

サントスの連続再選

615日に行われたコロンビア大統領決選投票で、サントス大統領が50.95%の得票率で再選された。525日の第一回目投票(前回記事のhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/05/post-5f55.htmlをご参照)で第一位につけたスルアガ元蔵相は得票率が45%で逆転負けを喫した。投票率は、47.89%に留まった。有権者数3,300万人の内、投票したのは1,530万人。第一回目より250万人も増えた、とは言え、低い。この二人はいずれもウリベ前政権期の同僚で、政策面ではごく一部を除き、違いがあるわけではない、とは言え、「コロンビア革命軍(FARC)」との和平に繋がる重要な選挙、と言うことを考えると、低過ぎる感はある。だが、これでも過去32年間では、飛び抜けて高かった1998年の58.8%に次ぐ高さなのだ。 

 スルアガ候補は、選挙結果についてサントス氏に祝意を表したが、自分が得た7百万票近くは考慮さるべき、戦いは続く、とも述べた。彼を推したウリベ前大統領は、サントス票を有権者に強いる暴力的な圧力を、テロリストグループが掛けた、コロンビア史上最大の不祥事の結果、と、非難する。彼がFARCとの和平対話路線に異を唱える急先鋒であり、大統領への返り咲きが憲法で禁止される中でスルアガ候補を担ぎ出した経緯は、このブログでも前に述べたところだ。

 決選投票前に、両候補のテレビ討論が65日と9日に行われた。スルアガ氏は、FARC側が現在のゲリラ活動を停止し、法的裁きを受けることが、交渉継続の前提、と言い、サントス氏が、自分の政権下、この4年弱で、過去半世紀の内の45年分の前進が見られたが、スルアガ氏は注意深さが肝要な敵との和平交渉に無知ぶりを表している、といなす場面があったようだ。ただ、スルアガ氏がFARCは子供の徴募、地雷敷設、警官や兵士の殺傷、社会インフラの破壊を止めよ、和平交渉は無条件ではやらぬ、と繰り返すのが、多くの有権者の好感を得たことは事実だろう。

 大統領選第一回投票で第三位だったマルタ・ラミレス前上院議員は、スルアガ氏支援を約束したが、彼女を送り出した保守党としては、党内に和平推進派が存在するため、結局投票先は割れた、と見られる。 

 一方で、「民主代替の極(PDA)」の大統領候補で第一回投票の際にラミレス氏に僅差の第四位につけていたクララ・ロペス前ボゴタ市長と、サントス氏により復権できたペトロ現ボゴタ市長は、夫々「和平派の勝利」、「国民は和平を命じた」、と選挙結果を率直に喜んだ。実は、ロペス氏を立候補させたPDA、ペニャロサ元ボゴタ市長を立候補させた「緑の連合」、他幾つかの左派系小党の幹部らが、65日、つまり投票の僅か10日前に、「和平のための拡大戦線」(以下、拡大戦線)を立ち上げた。和平に後ろ向きのスルアガ候補が当選することを危惧し、サントスへの投票を呼び掛けた。

 選挙戦の最大の争点だったFARCとの和平対話は、63日に、過去半世紀にも及ぶ武力抗争の犠牲者に対する賠償問題へと進んだ。FARC67日、つまり上記の拡大戦線結成の2日後、決選投票を挟む69日から30日までの一方的休戦を発表、実行中だ。525日の第一次選挙を挟む520日から28日までの休戦と異なり、「国民解放軍(ELN)」は同調しなかった。拡大戦線はELNとの和平協議をも強く求めている。

 ところが11日になって、つまり決選投票の4日前に、政府はELNとの共同声明の形で、和平対話の開始を発表した。サントス大統領は、これを和平に積極的な姿勢、として、直ちにアピールした。同時に、コレア・エクアドル大統領が、数ヶ月前から双方の極秘の対話をエクアドルで行ってきた、と語った。対話場所や開始時期、或いは保証国や立会い国などは、617日の段階でも明らかになっていない。コレア氏は「全ての便宜を提供する用意がある」、と述べていた。  

ところで、615日、ボリビアのサンタクルスでG77創設50周年記念のサミットが開催された。1964年のこの日、ラ米(全十九カ国、アジア、アフリカの77カ国で発足したが、経済協力開発機構(OECD)に加盟したメキシコなどが抜けたものの、一方で中国などが入り、今や133カ国に増えている。その持ち回り議長国がボリビアで、これを主催したモラレス大統領の晴れがましさは、如何ばかりか。ここにサントス大統領は行けなかったが、多くのラ米首脳が駆け付け、サントス再選のニュースにはこの地で接した。彼らの多くが、早速、サントス氏に祝辞を寄せた。

特に、久々の外遊となったベネズエラのマドゥーロ大統領は、「コロンビアでは、和平に進むか否かの論戦が行われていたが、国民は明確に和平への道をとった、ベネズエラの反チャベス派に肩入れする側の敗北」、とまで踏み込んだ。同国での反政権派による抗議活動は、延々と続いている。スルアガ氏は上記のテレビ論戦で、これをベネズエラ政権側による弾圧による、として、自分が大統領になれば黙認しない、と述べていた。なお、ブラジル、コロンビア、エクアドル三カ国外相とローマ法王庁の特使が「善意の証人」として同席する「民主統一会議(MUD)」と政権側との対話は、424日以来中断されたままだ。 

サントス大統領の次期政権に、彼を推した「国民社会統合党(la U’)」、「自由党」及び「急進変革党(CR)」に加えて、拡大戦線が加わるかどうかは分からない。だがサントス氏が当選後の所信の中で、大統領の再選禁止と任期延長、と言う憲法改正を伴う措置に言及し始めたことは、政権運営に自信を深めたことを示していよう。

コロンビアでは2005年、ウリベ第一次政権時に、連続再選を可能とする憲法改正が行われた。当時は、「コロンビア自衛組織連合(AUC)」の武装解除が進行中で、この完遂には政権持続が必要だったことに、異論は少なかったものと思う。ゲリラとの和平交渉にしても同様で、だからサントス氏は連続再選に臨んだ。だが、彼は本来、個人に強力な権限が集中するのを嫌う、再選反対論者なのだそうだ。私のホームページでラ米の政権地図の中のラ米諸国の選挙制度をご覧頂きたいが、ここ20年間で、キューバを除くラ米18カ国の内、コロンビアを含め7カ国(今年法制化されたニカラグアを含む)で連続再選が可能となっており、これには逆行する。その代わり、任期が4年では短過ぎる、として、5年乃至は6年に拡大したい、と言う。

617日の記者会見でサントス大統領は19日に迎える米国のバイデン氏に、「ゲリラとの和平成立は、プランコロンビア(麻薬とゲリラとの戦いに対する米国の2002年からの支援計画)のグランフィナーレ、と伝える」、と述べたが、和平への本気度の高さ、ととって良いのだろうか。

|

« コロンビア大統領選 | トップページ | アルゼンチン債務問題(1) »

南米」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« コロンビア大統領選 | トップページ | アルゼンチン債務問題(1) »