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2014年5月 9日 (金)

パナマ次期大統領の課題

ブログhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/01/20142-6825.htmlも参照願いたいが、54日の総選挙で、「パナメニスタ党」のフアン・カルロス・バレラ副大統領(50歳)が39%の得票率で大統領に選出され、7日、副大統領候補のイサベル・サンマロ氏(「国民が第一」という連合を組んだ「人民党」より出馬)共々、選挙管理評議会(JNE)の正式宣言を得た。次点は与党「民主変革(CD)」候補のドミンゴ・アリアス住宅相で、得票率は31%、これに「民主革命党(PRD)」のナバロ元パナマ市長の28%が続いた。投票率は77%で、前回を多少上回った。事前の世論調査では常にドミンゴ・アリアス候補が最有力視され、その競争相手は寧ろナバロ候補だったので、これをひっくり返す結果になったのは、専門家やメディアの間では予想外の結果、と言えよう。本年2月に行われた隣国コスタリカの大統領選で、事前調査で第四位の候補者だったソリス氏が第一位を付けたことが記憶に新しいが、似たような展開かもしれない。専門家の分析では、20万人もの無党派層の票が効いた、とのことだ。投票者総数が190万弱なので、事実とすれば、この要因が大変大きい。

この国は、ラ米(イベロアメリカ)十九ヵ国の中で、一昨年7月に選挙が行われたメキシコ、昨年4月のベネズエラとパラグアイ、同11月のホンジュラス同様、大統領選に決選投票が導入されていない5カ国の一つだ。この内、メキシコ、ベネズエラ及びホンジュラスでは、次点候補がかなり長期に亘って、不正があったとして選挙結果を認めなかった。第一、二位の得票率は、メキシコでは39%、32%、ベネズエラでは50.8%49%、ホンジュラスでは38%29%だった。今回パナマではすんなり認められた。ただ気掛かりはある。 

同時に行われた議会選挙の結果は、58日段階でも最終結果は出ていない。英文Wikipediaよれば、開票率92%段階で、定数71の内64議席が確定、この内パナメニスタ党は僅か11で、「国民が第一」連合としても12だ。与党CD29(「変革同盟」連合では30)、PRD21に大きく離された、議会第三党に過ぎない。未確定の7議席がどうなろうと大勢に影響あるまい。これだけの少数与党では、政権運営は覚束ない。

隣国コスタリカのソリス氏の市民行動党(PAC)も、定数57議席の議会で、13議席の議会第二党。少数与党となるのは同じでも、政権運営力となると、46日の決選投票での圧倒的勝利の意義は大きい。58日に就任したが、少なくとも連立についての報道は国際メディアからは伝わってこない。強気なのだろうか。余談だが、就任式にはスペイン皇太子やグァテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル(サンチェスセレン次期大統領)、パナマ(マルティネッリ現大統領)及びドミニカ共和国の中米カリブ諸国の他にも、ボリビアとエクアドルの首脳、激しい抗議デモが続くベネズエラからは副大統領が参列した。 

バレラ氏にはソリス氏のような決選投票での圧倒的勝利、というシナリオは有り得ない。ならば、CD創設者でもあるマルティネッリ氏のシナリオはどうだろうか。2009年総選挙の各党の獲得議席数だけを見ると、CD12、パナメニスタ党は19PRD22だった。ほどなく、142226に変わった。これが直近の議会構成図では夫々361617だ。議員の政党乗換え組が多いことを覗わせる。比例代表制が主流のラ米の中で、選挙制度自体がユニークなパナマならでは、だろう。先ず、小選挙区で27議席が決まる。比例代表の45議席にも、候補者個人に割り振られる部分もある。制度上の問題だけではなく、政党自身の合流、分裂もある。それにしても、凄まじいほどの変動だ。

バレラ氏自身、2009年、パナメニスタ党とCDの連合「変革同盟」、で、マルティネッリ現大統領と組んで副大統領に当選した。両党連立政権で外相を兼任し、20118月に解任され、連立は崩壊したが、副大統領職は民選であり、反大統領の副大統領を続けていた。上記の議席変動には、パナメニスタ党からCDへの移動もある。逆も有り得よう。だが、新興政党のCDと伝統政党のパナメニスタ党では、立場が違う。 

選択肢として、CDとの連立復活も当然、あろう。そもそも連立解消はバレラ氏が外相を更迭されたことにあり、同党との政策の違いはあまり無さそうだ。彼自身、マルティネッリ氏同様、経済界出身だ。外資誘致や運河拡張プロジェクトにも引き続き取り組もう。コスタリカ共々、メキシコ、コロンビア、ペルー及びチリの太平洋同盟加盟にも抵抗は無い。だが、更迭という仕打ちを受けただけに、修復が困難、との見方もある。まして、野に下ってからは、政権の腐敗を攻撃し続けてきた。引っ込みが付け難い。CD側にも彼への反発は強い。

彼が当選後に真っ先に電話会談をした相手は、二ヶ月前、国交断絶を宣言したベネズエラのマドゥーロ大統領、と言う。断絶理由は、同国で執拗に続いている抗議デモについて、米州機構(OAS)の常任評議会で取り上げようとしたマルティネッリ政権の動きを、耐え難き内政干渉、とした。バレラ氏は、近く特使をカラカスに派遣すること、両国間の国交回復を望むこと、などを述べた旨を公表、71日の大統領就任式にマドゥーロ氏を招く、と表明した。本人の意図はどうあれ、現CD政権への当て付けとも採れる。 

CDとの連立復活が無理なら、PRDとの連立はどうだろうか。パナマ史を紐解けば、極めて考え難い選択肢と言える。パナメニスタ党は、1931年のクーデターでパナマ政界の中心人物となってきたアルヌルフォ・アリアス(1901-88)の流れを汲む。アルヌルフィスタ党とも称された。一方のPRDは、1968年のクーデターで彼の政権を転覆し自らの軍政を確立したオマル・トリホス将軍(1929-81)が後年結成した。二人は言わば不倶戴天の敵同士ともいえる。

1989年に事実上の民政復帰を果たした後、2009年まで両党間で政権交代を繰り返してきた。同年すら、パナメニスタ党にとっては、新興政党のCDとの連立の形ではあれ、二期前同様、政権奪還との位置付けではなかっただろうか。PRDと組むとの選択肢など、有り得なかった。バレラ氏は勝利宣言で、「対立やいがみ合いは過去のものにし、人間的な、合意形成と国民団結の公正で透明性の高い政府をもたらす」と述べた。これは、初めてのPRDへの接近を示唆している、ととられているようだ。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 株の初心者 | 2014年7月11日 (金) 09時34分

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