« ボゴタ市長の解任 | トップページ | ベネズエラの反政権抗議活動(2) »

2014年4月 8日 (火)

初めてのPAC政権誕生へ-コスタリカ

46日、コスタリカで12年ぶりの大統領決選投票*が行われ、「市民行動党(PAC)」のルイス・ソリス候補(55歳)が、得票率78%で快勝した。22日の総選挙での大統領選第一回目投票では、同候補は第一位でも得票率は30.6%で、二位の与党「国民解放党(PLN)」のアラヤ(56歳)候補の29.7%と文字通りの僅差だったので、この数字には意外感が持たれよう。

第一回目投票から1ヶ月経った35日、アラヤ氏は、世論調査などから敗北が確実視されているとして、決選投票のための選挙戦脱退を表明した。ただ法律上、それでも決選投票は行われる。低投票率が予想された。ソリス氏は、決選投票での絶対得票数で、コスタリカ大統領選挙史上、前人未到の100万票を自らに課した、と報じられている。有権者数の3分の1に相当する。理由は、政権の正統性確保のためだ。定数57議席の立法議会(国会)では、僅か13議席、一方ではPLN18議席の議会第一党を占める。政権運営に苦労することは目に見えている。絶対得票で国民支持率の高さを訴えて行く、との戦略だ。蓋を開けると、投票率は57%で、確かに22日の68%を下回ったものの、決して正統性云々されるような低さではなかった。それでも彼の得票数は、130万票だった。有権者の42%が彼に投票したことになる。

(*http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2014/02/post-5c18.htmlの記述で「決選投票は、平和憲法下の1948年以来、経験して来なかった」は誤りで、2002年選挙でも決選投票は行われています。お詫びして訂正致します) 

ルイス・ソリス次期大統領は、学生時代の1977年に現与党PLNに加わった。英語版Wikipediaには、中米危機の際、1987年(つまり弱冠29歳の年)の「エスキプラスII」(私のホームページ中軍政時代とゲリラ戦争ゲリラとの和平を参照願いたい)にも関わり、アリアス大統領(当時)がノーベル平和賞を受賞するのに貢献した、とある。2002年から1年強、野党になっていたPLNの事務局長も務めたが、2005年に離党している。スペイン語版Wikipediaとも読み合わせたが、PLNでの活動状況は、私にはよく分からない。政治家と言うより、政治学者、歴史家として知られた人だったようだ。 

200012月に、当時46歳のオットン・ソリス氏が、PACと言う新党を結成した。こちらのソリス氏も元々PLNの一員で、アリアス第一次政権(1986-90年)で企画・経済相を務めている。1994年、同党から国会議員にもなった。だが、本来社会民主主義を奉じていたPLNの右傾化に反発するようになり、且つ同党と「社会キリスト教連合党(PUSC)」の二大政党体制への疑問が高まる。汚職も見逃せなかった。これがPLNの同志と共に踏み切った新党立ち上げの理由、とされる。そして、2002年の大統領選に出馬し26%の得票で第三位につけ、党は議会で定数57議席中14を獲得した。2006年にも出馬し、以前仕えたアリアス元大統領に、僅か1%ポイント差の39.8%で第二位につけ、党は議席数を17に伸ばした。

PUSCは、同党の元大統領2名が汚職事件で懲役刑を受け、2006年選挙では議席数が一桁にまで凋落した。これがPACの躍進に繋がった、と見て良い。オットン・ソリス氏らが目指す二大政党体制の終焉は、ここに実現した筈だ。PACは、次には政権奪取に向かう。このような状況下で、PLNのアリアス第二次政権(2006-10年)下にあった2008年、ルイス・ソリス氏もPACに加わった。 

2010年、オットン・ソリス氏は、大統領への三度目の挑戦に臨んだ。結果は、PLNチンチーヤ候補に次ぐ第二位に終わり、しかも得票率は25%に後退、党も11議席に減少した。彼は選挙後、政界引退表明までしている(ただ短期間で復帰した)。

ルイス・ソリス氏は、2010年の大統領選の予備選にも、議員選挙にも出ていない。その後も党内でいかなる活動を行ったのか、私には分からないが、20137月に行われた党内予備選に出馬、元国会議長のメンドーサ議員、及び党首のキャンベル元議員を相手に勝利した。ただ僅差だった。22日の総選挙前、彼の存在感は低かった。そんな彼が、長年サンホセ市長を務めてきていたアラヤ氏を、僅差とは言え破った。ラテンアメリカでは首都の市長と言えば、政界の大物だ。モンヘ元大統領(在任1982-86年)の甥で毛並みも良い。

アラヤ氏は、始めて出馬したPLNの予備選で、2010年はチンチーヤ現大統領に破れはしたが41%の得票だった。今回は圧倒的な強さを見せ付け、強力な候補者が次々に予備選を辞退している。総選挙前の世論調査では本命中の本命だった。結果に、政界、メディア界は驚愕した。それ以上に、アラヤ氏が受けたショックは大きかったのだろう。 

ともあれ初めてのPAC政権が誕生する。創設者のオットン・ソリス氏は、立法議員として政治活動に復帰する。PACは、少数与党で、政権運営には他党との連立、若しくは協力が不可避だ。22日に17%の得票で第三位につけた36歳のビジャルタ議員を擁する「拡大戦線(FA)」は、国会でも9議席を獲得し、一気に議会第三党に躍り出た。こことの連立が囁かれる。

コスタリカは、中米で唯一、国民の大半がヨーロッパ系人種(白人)だ。民主主義がラ米では最も早く確立した国、とも言われる。中米の中では治安はずば抜けて良好だ。平和憲法を持つことでは、日本人として親近感の湧く国でもある。中米統合の面では、中米議会にも司法裁判所にも入らず、一方ではメキシコ、コロンビア、ペルー、チリの太平洋同盟に加盟することに熱心だ。現在はラテンアメリカ・カリブ共同体(Celac)の持ち回り議長国を務める。内政面では近年社会格差が急速に広がった、との指摘がある。これらを含め、ルイス・ソリス次期政権はどう向き合って行くか、注視したい。

|

« ボゴタ市長の解任 | トップページ | ベネズエラの反政権抗議活動(2) »

メキシコ・中米」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ボゴタ市長の解任 | トップページ | ベネズエラの反政権抗議活動(2) »