モラレスのスノーデン事件
7月4日、ボリビアのコチャバンバに南米諸国連合(Unasur)諸国(資格停止中のパラグアイを除く11ヵ国)の内、当のボリビア及びベネズエラ、エクアドル、アルゼンチン、ウルグアイとスリナムの6ヵ国首脳が集まった。Unasurとして、モラレス大統領へのスペイン、イタリア、フランス及びポルトガルの仕打ちと、この背後にあると見られる米国への糾弾宣言を纏めよう、としたものだが、半分が欠席なので正式行事とはならず、Unasur本部のあるエクアドルのコレア大統領は、加盟国の一部がUnasurの結束を妨害している、と非難する。
モラレス氏への仕打ちとは、7月2日、ロシア(ガス生産国サミット出席のため訪問)からの帰途、彼が搭乗する政府専用機の領空通過を禁止するなどの措置を、上記南欧4ヵ国がとったためと言う。米国が、同国国家機密情報を漏洩した廉で国際手配をした中央情報局(CIA)の元情報分析官、エドワード・スノーデン氏を、機内に匿っていると疑ったため、と思われる。ともあれ、この4ヵ国の上空が飛べなければ、南米に戻れない。
進退を極まった機は、何とかウィーンに緊急着陸した。フランス政府が「手違い」を理由に、謝罪した。これで給油のために計画されていたスペイン領カナリア諸島に向かう空路が確保できた。だが、同国の駐オーストリア大使が、モラレス氏が滞在する機内に入ろうとした。スノーデン氏の搭乗の有無を確認するためだった、と見られる。結果的にこれを断った上で、緊急着陸から14時間後、機はウィーンを経った。帰国したのは、予定の18時間後だった。
スノーデン氏は、米国の国家安全保障局(NSA)の個人情報入手活動を外国のメディアに告発した後、香港に出国、そこからモスクワに入った。偶々そこでガス生産国サミットが開催されていた。南米からは、モラレス氏の他、マドゥーロ・ベネズエラ大統領も出席していた。マドゥーロ氏はかかる仕打ちを受けていない。何故モラレス氏が、と言えば、2008年に米国大使を追放し、以来対米大使級外交関係を停止(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2009/01/post-1549.html参照)している、ラテンアメリカきっての反米姿勢にあるようだ。
スノーデン氏は21ヵ国(その後6ヵ国を追加した、但し国名は伏せた、との報道もある)に対し亡命を申請したが、その中にラテンアメリカ左派政権諸国(キューバ、ベネズエラ、ボリビア、ニカラグア及びエクアドル)とブラジルが入っていた。ブラジルは直ちに受け容れ拒否を決めた。エクアドルは、本人が申請時点で国内不在を理由に、否定的だ。5日段階でニカラグア、ベネズエラ及び当のボリビアが、モラレス氏帰国後、受け容れ姿勢を明確にした。キューバは態度を明らかにしていない。失効した彼の旅券の問題、モスクワからの航空ルート問題など、実現性は不透明だ。
コレア・エクアドル大統領は、若し米国大統領が同様の仕打ちを受ければ、即戦争だ、主権国家の大統領に対して採り得ぬ仕打ちであり、許し難い、独立して二世紀も経った今日、相変わらず宗主国の積りか、とスペインを含む4ヵ国を激しい口調で責め立てる。フェルナンデス・アルゼンチン大統領も厳しく謝罪を求める。一方で、マドゥーロ・ベネズエラ大統領は、CIAの仕業と決め付ける。
一国の大統領に対して、国連憲章や国際法、人権問題に殊のほか煩いヨーロッパの4ヵ国が、かかる無礼で異様な態度に出たのは、実は私には理解不能だ。まさか、コレア氏言う様に、宗主国感覚で南米の国家の最高指導者を見下せると信じ込み、まさか、モラレス氏がヨーロッパ人に征服された「新世界」先住民だから、の人種差別観故ではあるまい。フランスは、「手違い」を謝罪した。スペインは、上空通過禁止措置はとらず、且つ専用機の領内立ち寄りも認めており、何ら謝罪するものはない、との立場だ。一方で、イタリアとポルトガル両政府の論評は、今日現在、伝わって来ない。
ボリビアは、当然ながら当該南欧諸国に対し、かかる措置の背景説明と謝罪を求めており、近々、駐ボリビアの4ヵ国大使を呼びだすことになっている。また国連にも事実関係の究明を訴えた。だが、モラレス大統領は、4ヵ国よりも、米国の方を見ているようだ。上記マドゥーロ氏の決めつけに同感なのだろう。彼は対米外交関係が途絶しても何ら困らぬ、として、全面的外交関係の断絶を示唆している。
コロンビアのサントス大統領は、域内諸国への冷静な対応を呼び掛け、冒頭のUnasur会合には出席しなかった。この国は米国に軍基地を提供する。加えて、最近になって「北大西洋条約機構(NATO)参加意思を表明し、FARCとの和平対話の立会国と言う重要な役割を担うベネズエラのマドゥーロ大統領が反発した経緯がある。ただ、モラレス氏の無念さへの連帯の意を表することは忘れなかった。
この会合には、チリのピニェラ、ペルーのウマラ両大統領も、招集手続きを問題にして、欠席した。以上の3ヵ国は、「太平洋同盟」加盟国だ。Unasurの人口と経済の2割以上を担う。対米FTAを結ぶのは南米ではこの3ヵ国だけだ。ボリビアとは、ペルーは友好関係にあるが、チリは太平洋への出口に関わる紛争を抱える。コレア氏が言うUnasur結束の妨害者が誰を指すのかはともかく、モラレス氏への連帯は全員が共有する。
欠席者には、ブラジルのルセフ大統領がいる。この国だけで、Unasurの人口と経済の半分以上を担う。彼女には、メルコスルとEUとの経済連携協定を控え、ヨーロッパ諸国との関係をこじらせたくない、との思いもあろう。だが、特使を派遣した。