メキシコの麻薬カルテルトップの死
10月7日にメキシコ最大の麻薬カルテル、米国と国境を接するタマウリパス州のヌエボレオンが拠点の「セタス」のカポ(capo、組織のトップ)ラスカーノ(37歳)が、米国と国境を接するコアウィラ州の村、プログレソでの海兵隊との戦闘で死亡していたことが、9日に海兵隊が遺体の写真を公表して明らかになった。遺体は写真撮影後に盗まれた由だが、近年の同国麻薬戦争では、最も重要な戦果、とされる。
セタスは、1999年に「ガルフカルテル(以下、ガルフ)」のカポだったカルデナスギイェン(当時32歳。2003年に逮捕)がメキシコ軍の特殊部隊から引き抜いたメンバーにより結成された組織で、彼が移送された米国で懲役25年の判決を受けた2010年にガルフと決別、活動範囲をメキシコのみならず国際的に広げてきている。米国麻薬取締局(DEA)は「技術面で最も先進的で洗練度の高い、且つ最も危険なカルテル」と見る。ラスカーノも特殊部隊出身で創設メンバーだ。
メキシコ政府は2009年に麻薬犯罪者24名に懸賞金3千万ペソ(現レートで約230万米㌦)を掛けた。9名が逮捕され、5名が軍や警察との戦闘で死亡した。残るのは10名だ。
逮捕、死亡の14名ではセタス3名、それに次ぐ勢力を誇りカリフォルニア湾沿いのシナロア州、クリアカンを本拠とする「シナロアカルテル(以下、シナロア)」2名、セタスの母体ガルフ2名であり、残る10名の内セタス2名、シナロア3名で、ガルフはゼロだ。他に夫々7名、5名ずついるが、4カルテルの幹部らである。セタスの3名の内の2名が2012年になって逮捕、及び軍に殺害された。後者が、ラスカーノだ。彼には、これに加えて、DEAも500万㌦の懸賞金を掛けて来た。
シナロアで未逮捕の3名の中には、麻薬組織の最重要人物と言われる、通称チャポ・グスマン(57歳)がいる。米国フォーブス誌が纏めた2011年の「World's Most Wanted Fugitive」10名の中に、ラテンアメリカから唯一、名前が出ている。DEAによれば、世界最強の麻薬密売者であり、その影響力はコロンビアの有名な麻薬王、パブロ・エスコバル(1949-93)を凌ぐ。だがDEAの懸賞金は5百万㌦、ラスカーノと変わらない。1993年6月にグァテマラで逮捕され、メキシコで20年の懲役刑を受けたが、2001年1月に脱獄し、今日に至る。
ガルフは、セタス決別前は、シナロアと双頭を成していた。決別後はガルフ本体の内部抗争が昂じ、勢力面での弱体化が進んだ。2012年9月、カポと看做されてきたコスティーヤ(41歳)が逮捕され、上記24名から対象者が消えた。だがシナロアの方も、連携関係にあった「ベルトランレイバカルテル」(以下ベルトランレイバ。上記他4カルテルの一つ。逮捕、死亡が3名、非逮捕が1名いる)が2008年に決別、チャポ・グスマンをもってしても、セタスに凌駕されるようになる。現在、シナロアはガルフとの同盟関係にある、と言われる。
カルデロン政権下のメキシコの麻薬戦争による犠牲者5万人。このブログでも報告(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/06/post-df1f.html)
した。5万人はメディアの枕詞のようになっている。最近では6万人と言う数字を出すメディアもある。治安当局に軍が加わった麻薬カルテルの制圧行動、カルテル間の抗争、及びカルテル内部抗争に巻き添えにあった人たちを加えたものだ。収監された組織員が刑務所内で抗争や集団脱走を惹き起こし、その際に組織員のみならず刑務官らの生命も奪われている。分かってはいるが、私自身、いま一つ信用できないでいる。
前にこのブログで紹介した国際連合薬物犯罪事務所(UNODC)http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/03/post-f442.htmlが出している世界の殺人率一覧表には、殺人数も出ている。ラテンアメリカで殺人数が最も多いのはブラジルで、2009年で43,909人(原出所:法務省、以下同)となっている。第二位が、年度は異なるが2010年、メキシコで20,585人(国家警察)、その次が同じくコロンビアの15,459人(国家警察)だ。この3ヵ国だけが2009年の米国15,241人(米国警察機関)を上回る。
メキシコの2010年における麻薬犯罪絡みの死亡数が15,273人だとすれば、全殺人数の実に4分の3を占める。麻薬カルテルの陣容、規模にすら不案内な私には、はっきり申し上げ、ピンとこない数だ。
ともあれ、カルデロン政権の麻薬カルテル制圧作戦で、上記のベルトランレイバの如く事実上消滅したカルテルもある。ガルフもカポが逮捕されたが、後継者は出るのだろうか。セタスは創立メンバーではないがやはりDEAが5百万ドルの懸賞金を掛けている強力なリーダー、トレビーニョモラレス兄弟が健在だし、今後の活動が収まる気配は無い。そもそも需要が有る限りは、麻薬密売の旨味に惹かれる人、生計への道を求める人達の受け皿として、カルテルは残る。そのまま残らないにせよ、麻薬組織は無くならない。