« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月11日 (木)

メキシコの麻薬カルテルトップの死

107日にメキシコ最大の麻薬カルテル、米国と国境を接するタマウリパス州のヌエボレオンが拠点の「セタス」のカポ(capo、組織のトップ)ラスカーノ(37歳)が、米国と国境を接するコアウィラ州の村、プログレソでの海兵隊との戦闘で死亡していたことが、9日に海兵隊が遺体の写真を公表して明らかになった。遺体は写真撮影後に盗まれた由だが、近年の同国麻薬戦争では、最も重要な戦果、とされる。

セタスは、1999年に「ガルフカルテル(以下、ガルフ)」のカポだったカルデナスギイェン(当時32歳。2003年に逮捕)がメキシコ軍の特殊部隊から引き抜いたメンバーにより結成された組織で、彼が移送された米国で懲役25年の判決を受けた2010年にガルフと決別、活動範囲をメキシコのみならず国際的に広げてきている。米国麻薬取締局(DEA)は「技術面で最も先進的で洗練度の高い、且つ最も危険なカルテル」と見る。ラスカーノも特殊部隊出身で創設メンバーだ。

メキシコ政府は2009年に麻薬犯罪者24名に懸賞金3千万ペソ(現レートで約230万米㌦)を掛けた。9名が逮捕され、5名が軍や警察との戦闘で死亡した。残るのは10名だ。

逮捕、死亡の14名ではセタス3名、それに次ぐ勢力を誇りカリフォルニア湾沿いのシナロア州、クリアカンを本拠とする「シナロアカルテル(以下、シナロア)」2名、セタスの母体ガルフ2名であり、残る10名の内セタス2名、シナロア3名で、ガルフはゼロだ。他に夫々7名、5名ずついるが、4カルテルの幹部らである。セタスの3名の内の2名が2012年になって逮捕、及び軍に殺害された。後者が、ラスカーノだ。彼には、これに加えて、DEA500万㌦の懸賞金を掛けて来た。

シナロアで未逮捕の3名の中には、麻薬組織の最重要人物と言われる、通称チャポ・グスマン(57歳)がいる。米国フォーブス誌が纏めた2011年の「World's Most Wanted Fugitive10の中に、ラテンアメリカから唯一、名前が出ている。DEAによれば、世界最強の麻薬密売者であり、その影響力はコロンビアの有名な麻薬王、パブロ・エスコバル(1949-93)を凌ぐ。だがDEAの懸賞金は5百万㌦、ラスカーノと変わらない。19936月にグァテマラで逮捕され、メキシコで20年の懲役刑を受けたが、20011月に脱獄し、今日に至る。

ガルフは、セタス決別前は、シナロアと双頭を成していた。決別後はガルフ本体の内部抗争が昂じ、勢力面での弱体化が進んだ。20129月、カポと看做されてきたコスティーヤ(41歳)が逮捕され、上記24名から対象者が消えた。だがシナロアの方も、連携関係にあった「ベルトランレイバカルテル」(以下ベルトランレイバ。上記他4カルテルの一つ。逮捕、死亡が3名、非逮捕が1名いる)が2008年に決別、チャポ・グスマンをもってしても、セタスに凌駕されるようになる。現在、シナロアはガルフとの同盟関係にある、と言われる。 

カルデロン政権下のメキシコの麻薬戦争による犠牲者5万人。このブログでも報告(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/06/post-df1f.html

した。5万人はメディアの枕詞のようになっている。最近では6万人と言う数字を出すメディアもある。治安当局に軍が加わった麻薬カルテルの制圧行動、カルテル間の抗争、及びカルテル内部抗争に巻き添えにあった人たちを加えたものだ。収監された組織員が刑務所内で抗争や集団脱走を惹き起こし、その際に組織員のみならず刑務官らの生命も奪われている。分かってはいるが、私自身、いま一つ信用できないでいる。

前にこのブログで紹介した国際連合薬物犯罪事務所(UNODChttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/03/post-f442.htmlが出している世界の殺人率一覧表には、殺人数も出ている。ラテンアメリカで殺人数が最も多いのはブラジルで、2009年で43,909人(原出所:法務省、以下同)となっている。第二位が、年度は異なるが2010年、メキシコで20,585人(国家警察)、その次が同じくコロンビアの15,459人(国家警察)だ。この3ヵ国だけが2009年の米国15,241人(米国警察機関)を上回る。

メキシコの2010年における麻薬犯罪絡みの死亡数が15,273人だとすれば、全殺人数の実に4分の3を占める。麻薬カルテルの陣容、規模にすら不案内な私には、はっきり申し上げ、ピンとこない数だ。 

ともあれ、カルデロン政権の麻薬カルテル制圧作戦で、上記のベルトランレイバの如く事実上消滅したカルテルもある。ガルフもカポが逮捕されたが、後継者は出るのだろうか。セタスは創立メンバーではないがやはりDEA5百万ドルの懸賞金を掛けている強力なリーダー、トレビーニョモラレス兄弟が健在だし、今後の活動が収まる気配は無い。そもそも需要が有る限りは、麻薬密売の旨味に惹かれる人、生計への道を求める人達の受け皿として、カルテルは残る。そのまま残らないにせよ、麻薬組織は無くならない。

| | コメント (0)

2012年10月 9日 (火)

政権20年間確定のチャベス

107日のベネズエラ大統領選で、チャベス政権の20年間が確定した。日本でも数日前からメディアが選挙戦の模様を伝え、選挙結果が出次第いち早く報じ、関心の高さを示した。9日の朝日新聞でも「冷や汗の勝利」、として大きく報じた。ラテンアメリカの大統領選としては珍しい。連続四選、反米のキューバやイランとの密接な関係、と言う点が関心をそそるのだろう。選挙管理委員会のホームページを見ると、今回選挙の投票者数は有権者の80.7%に当たる1,490万人、チャベス氏は806万票、得票率で55.1%を獲得した。確かにこれまでの最低得票率である初出馬(1998年)の56.2%を下回るものの、対立する民主統一会議(MUD)のカプリーレス候補は649万票、44.2%だから、得票率で11ポイント差もあり、朝日の「冷や水」は言い過ぎだ。得票数に至っては、これまでの最高である2006年の730万票を超えている。 

彼の勝利に対する祝意は、ベネズエラが主導する米州ボリーバル同盟(ALBA)を構成するキューバ、ボリビア、エクアドル及びニカラグアの首脳からは勿論、ラテンアメリカ諸国の殆どの首脳からも寄せられた。米国もオバマ大統領のカーネイ報道官が「ベネズエラ国民に選挙が平穏に行われたことを祝福する」と発表した。カプリーレス氏にはチャベス氏の方から電話し、その場で祝辞を述べたと伝えられる。

カプリーレス氏は、健闘したと言えよう。チャベスの対立候補者として今まで最高得票率は40%1998年の反チャベス統一候補サラスルーメル候補が取った。それを上回ったのは積極的に評価すべきだ。次回選挙は2018年に行われるが、その時再出馬しても46歳、まだまだ若い。それまでにイデオロギー面で右派から左派まで広いMUDを纏め切り、2015年の議会選でチャベス氏の統一社会党(PSUV)を議席数で凌駕する必要があろう。今回勝利した、としても、この圧倒的少数与党では議会対策で行き詰まり、政策実行は極め付きの難事業だ。チャベス氏は愈々ベネズエラに社会主義の革命を実現させる、と言う。取り返しのつかない状況に陥る前に、3年後を見据えた戦略ありき、と思う。 

ラテンアメリカ全体としては、チャベス勝利で安堵したことだろう。彼の地域統合への熱意は疑いようも無い。彼との密接な首脳関係を築いているのはALBA諸国だけではない。その内の一人フェルナンデス(アルゼンチン)大統領は、彼の当選確定後直ぐ電話を寄こした。ムヒカ(ウルグアイ)大統領は、チャベス勝利はラテンアメリカにとって重要、とまで言っている。

ALBAが現状維持で推移すれば、コレア(エクアドル)、モラレス(ボリビア)両大統領の再選戦略が描き易くなる。キューバとニカラグアは経済的にはチャベス政権あってこそ成り立っている。カプリーレス氏は選挙戦で、現在同盟関係にある外国のために石油を回すことは止める、と言って来た。先ずはキューバが標的になる筈だった。同国は南米で一般的な水力発電には、地形的に向かない。電力は、大半を化石燃料に依存せざるを得ず、大規模な石油資源は存在すると言われながら当面、自給困難な状況にあり、石油需要の半分は輸入に頼る。ベネズエラは、キューバからの医療スタッフ2万人の見返りに日産9.6万バーレルの石油を供給してくれる、極めて有り難い貿易相手国だ。

カプリーレス氏が対米関係修復を口にすれば、本人の真意はともかく、抗米を旨とするメルコスルとの立ち位置も難しくなる。折角、731日に加盟が叶ったばかりなのに、だ。隣国コロンビアについても、同国政府とコロンビア革命軍(FARC)との和平対話の保証人を、キューバと共に務められるだろうか。そもそもFARCがチャベス無きベネズエラを信頼しようか。ベネズエラのALBA、メルコスル関係が毀損すれば南米諸国連合(Unasur)自体にも亀裂が入る。 

ただチャベス氏個人の政権がこれで20年確定した、と言うことの善し悪しは別だろう。キューバを除くラテンアメリカ18ヵ国は、左派政権下であれ右派政権下であれ、選挙制民主主義体制を採る。コロンビアではウリベ前大統領が連続三選を狙ったが、個人の長期政権自体が非民主的、としてこれを拒み、加えて連続、非連続に拘わらず一個人の大統領任期は28年間まで、と決めた。ドミニカ共和国はフェルナンデスレイナ前大統領を最後に、ペルーもフジモリ元大統領(1990-2000)後、連続再選を禁止している。チリのバチェレ前大統領も、連続二期に従ったブラジルのルラ前大統領も、前出のウリベ氏も高い国民支持率の中で退任した。それほど個人のカリスマが国民に根付くことを警戒している。ベネズエラは、例外中の例外として見て行きたい。

これからのチャベス氏だが、健康問題は本人が否定しようと気掛かりだ。否定するなら彼が摘出した癌の病名や部位を堂々と明らかにして欲しいものだ。今までは選挙戦の真っ最中で軽々に弱みは見せられない、との判断があったのなら、もう良いだろう。コロンビアのサントス大統領も癌を発症し手術したが、前立腺癌と明示した。

| | コメント (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »