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2012年8月 6日 (月)

ベネズエラのメルコスル正式加盟

本日の朝日新聞に、ブラジリアでの特別サミットでベネズエラのメルコスル正式加盟が承認された、との記事が出ていた。このブログで書きそびれていたことに気付き、下記させて頂く。

731日、ブラジリアの大統領官邸に、パラグアイを除くメルコスル原加盟三ヵ国の首脳と、チャベス・ベネズエラ大統領が集まり、629日におけるメンドーサ(アルゼンチン)でのメルコスル定例サミットで行ったベネズエラの正式加盟決議を追認した。発効は812日だが、域内関税撤廃、域外共通関税、その他の加盟国に科せられる規約の全面適用には、4年間の猶予が与えられる。この日、ブラジルEmbraer社製航空機20機の購入契約や、アルゼンチンYPF社によるベネズエラのオリノコタール開発参加協定が締結され、上々の滑り出しに見える。

上記メンドーサのサミットでは、他に、20134月のパラグアイ選挙まで、同国のメルコスル加盟国資格停止が決議されている。ルゴ前大統領に対する議会の政治判決プロセス(これについては、このブログでもhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/06/post-06cc.htmlなどで報告)が非民主的である、との判断による。サミット前の外相会議で合意を見たものをサミット決議とした。19987月、メルコスル加盟諸国は「民主主義約束のウスワイア議定書」に調印した。これには、民主主義体制を逸脱した加盟国は、民主主義秩序が回復されるまで、権利と義務が中断される、と言う文言がある。ルゴ罷免に関し、当人からの申し立てには僅か2時間しか割かず、余りにも迅速な、一方的な措置だったことが、民主主義体制逸脱、に相当する、と言うものだ。経済制裁は適用外、とした。

メンドーサでは南米諸国連合(Unasur)緊急会合を開き、メルコスルと歩調を合わせる形でパラグアイを資格停止処分にした。何に準拠しているのかは、私には分からない。ルゴ前大統領は201110月からUnasurの持ち回り議長を務めていたが、この会合でその任を解き、ウマラ・ペルー大統領に交代、とした。 

ベネズエラは、20067月、大統領選の5ヵ月前に、メルコスル加盟を申請した。この年の4月、アンデス共同市場(CAN)を脱退していた(私のホームページ中のラ米の地域統合アンデス共同体及びメルコスルご参照)。チャベス大統領は、63%もの得票率で再々選され、それまでも目立った国内外での言動を、一層際立たせるようになった。メルコスル加盟手続には各国の議会批准が必要で、彼の盟友だったルラ大統領(当時)のブラジルでは批准に200912月まで掛った。残るはパラグアイ議会だけだったが、ルゴ大統領の再三に亘る呼掛けにも拘わらず、議会は議題として取り上げなかった。そこにルゴ罷免が起き、メルコスルが、同国を資格停止にしたことで、一時的にパラグアイ抜きとなり、ベネズエラ加盟が可能となった。まさしく「鬼の居ぬ間の」であり、私にはあまり行儀の良い話とは思えない。

当然、パラグアイのフランコ新政権は反発する。先ず、Unasurによる資格停止処分だが、持ち回り議長の任を正統に継ぐフランコ大統領が欠席した会合自体が無効、決定事項も当然無効、との立場だ。次に、メルコスルには199412月に交わされた「オウロプレト議定書」で、加盟国の1ヵ国でも欠席した会合では、加盟国に対する制裁は行わない、との規定があるので、そもそも資格停止という制裁はあり得ない、従ってベネズエラ加盟は無効、と言う。パラグアイ政府は同国アスンシオンにあるメルコスル常設仲裁裁判所に、ベネズエラ加盟の無効化と制裁解除を申し立てた。だが、現実に追放された状態では、かかる行動は無力だ。 

そして、ベネズエラのメルコスル入りが既定事実化する。731日のサミットでは、ルセフ大統領が、メルコスルはパタゴニアからカリブまで広がり、新たな時代に入った、「米国、中国、ドイツ、日本(順序は彼女の表現のまま)に次ぐ世界第五位の経済力」を持つこととなった、と誇らしげに言えば、フェルナンデス大統領も、ベネズエラ加盟でメルコスルはエネルギー、金属、食糧、科学技術の全てが揃った、と応じていた。両国にとっては、ベネズエラは食糧や工業製品の輸出市場として、歓迎できる。ウルグアイにとってはどうだろうか。石油の安定供給先、と言う以外に、どんなメリットがあるのか、私にはちょっと見えない。

チャベス大統領はこの日、メルコスル加盟により、これまで石油に過度に依存して来た国内産業に多角化をもたらし、ベネズエラの工業化と農産物増産に繋がる、と言う。加えて、メルコスルは、自国の独立を維持し開発を進めるための機関車と成り得る、とも述べた。世界第五位の経済規模となるメルコスルの一角を占めることでのメリットが大きいことは疑いようもない。正式加盟は彼の功績として、今年107日の大統領選挙に、間違いなくプラスに働く。対立候補たる民主統一会議(MUD)のカプリーレス氏(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/06/post-ac3e.htmlなどご参照)が、このところ焦燥感を強めているのも、彼のこの大きな得点が作用しているように思える。パラグアイのフランコ大統領は、(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの)三人の大統領は、チャベスを大統領選で勝たせたいのだろう、とまで述べている。 

ところで、チャベス氏にとってメルコスルのブラジリア特別サミットは、1月にイランのアフマディネジャド大統領とニカラグアを訪問して以来、公務としては初めての外国訪問となった。710日、癌の完全治癒を宣言したばかりだが、最近の選挙運動を見る限りでは、確かに健康状態はかなり良くなっているようだ。

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