メキシコの大統領選と麻薬戦争
メキシコ総選挙まで一ヵ月を切った。最近の各種世論調査では、これまで圧倒的優位に立っていた制度的革命党(PRI)のエンリケ・ペーニャニエト(通称EPN)候補を、民主革命党(PRD)のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドル(通称、AMLO)候補が猛追、このブログでも紹介した(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/02/post-04cf.html)メキシコ史上初めての女性候補で且つ12年間の政権を担う与党の国民運動党(PAN)、ホセフィーナ・バスケスモタ氏はどうやら第三位が定着しているようだ。
その世論調査を含め、メキシコのテレビや新聞の報道ぶりがEPNに偏向している、と、学生たちが抗議する。このところAP、AFPなどでYoSoy132運動がしきりと取り上げるが、PRIの政権復帰に反対する学生運動の呼び名だ。5月11日、イベロアメリカーナ大学を訪れたEPN候補に抗議した人たちを、左翼陣営から動員された煽動者たち、と決めつけた報道があった。これに対し、131名が自らの学生証をかざし、正真正銘の学生であり何も特定政党から送り込まれてはいない、として撮ったビデオを送りつけた事件に因み、我はPRI復帰に反対する反EPNの132番目のどの政党からも自由な学生、と叫ぶ。国内の多くの大学に急速に広がってきた運動だ。彼が支持率を落とした一つの理由のように伝わる。
メキシコ大統領選では、ラテンアメリカの大半の諸国で導入している決選投票は無い。実は2009年末に、議員定数削減と共に大統領決選投票の法案が提示されたことがあるが、議会で審議されていない。1994年の大統領選以来3回に亘って当選者の得票率は半数を下回っている。従ってEPNがAMLOに幾ら猛追されようが、得票率で追い越されない限り、負けることは無い。YoSoy132は近く選挙対応の綱領を発表するが、決選投票があればともかく、当選者を変えるほどのインパクトは、考え難い。
メキシコが直面する大問題は、治安悪化だ。現カルデロンPAN政権が米国の後ろ盾で進めて来た麻薬戦争が、却って暴力を加速した、との見方がある。この政権は、麻薬戦争では地元警察には余る、として連邦警察と、さらに陸海軍を投入した。それなりに麻薬カルテルの首領(「カポ」と呼ばれる)や幹部らを含む多くを、武力衝突で殺害、或いは逮捕、そのために幾つかのカルテルの消滅、という成果は見られる。だがそのプロセスでカルテル同士、或いはカルテル内グループの間で疑心暗鬼が生じ、報復抗争に火を付け、犯罪は凶悪化した、と言われる。
本年5月13日にメキシコの連邦高速道路40号のヌエボレオン州モンテレイ市近くで49の首なし死体が発見された、と言うニュースが、小さいながらも我が国の新聞にも掲載された。発見場所の名前を採って「カデレイタ・ヒメネス虐殺事件」と呼ばれる。その数日前にもハリスコ州グァダハラで18名の、さらにその数日前にはタマウリパス州のヌエボレオンで23名の、同様の死体が発見された。それ以前にも各地でかかる虐殺事件は頻発している。首を切るだけでなく顔を潰す。橋げたに死体を吊るす。対立するカルテルへの見せしめ、或いは被害者の身元を分からなくする処置のようだ。身の毛のよだつ残酷さだ。
カポが逮捕されても後継者が存在すれば、直ぐに勢力を盛り返し且つ強化し、存在せずとも独立した組織員が新たなカルテルを作り、勢力を短期間で拡大したところもある。メキシコのカルテルとしてメディアに登場するのは「ロス・セタス」と「シナロア・カルテル」くらいだが、他に幾つもある。ただこの二つが夫々に他複数カルテルと連合関係を持っているようで、一応この二つだけを例示すれば、大きな流れは掴めよう。
大統領候補らは、麻薬戦争についての対策を具体的には示しておらず、批判されている。
バスケスモタ候補は、与党候補だけに、現政権の政策が実り、犯罪グループは弱体化し始めた、と主張、その中で連邦警察の陣容を現行の4倍、即ち15万人に増員する、と言っている。カルデロン政権下、麻薬犯罪に関わる犠牲者数が5年間で5万人、とは、よく語られる数字だ。WikipediaのTimeline on Mexican drug warsには、2007~2010年の麻薬犯罪絡みの殺人数が出ている。初年に2,477人、二年目6,290人、三年目7,724人、四年目の2010年は15,273人だ。五年目の2011年の数字は出ていない。5年間で5万人なら、計算上1.8万人、と算出できるが、そこまでは行くまい。ともあれ、悪化の一途ではないか。
AMLOは、腐敗との戦いと社会格差是正により、犯罪を削減させる、動員されている軍は、撤収させる、と言う。カルテルが地元警察や政治家と癒着して来たことは、よく知られる。犯罪組織に流入する貧窮者が多いことも事実だ。巨額の国費を投じてカルテルを退治する、と言うのではなく、国民間の所得再分配の方が、効果が大きい、と言うのだろう。彼がメキシコ市長だった時代に、ニューヨーク前市長のジュリアーニ氏を招き、同市の治安を著しく回復させた彼の手法に学ぼうとしたことがある。何か成算があるのだろうか。
多少具体策めいたものを5月末に出したのがEPNだ。治安回復こそ重要課題であり、麻薬カルテルの幹部逮捕を優先する作戦は見直す、と言明した。名前が知られ、米国やインターポールでも指名手配されている大物の逮捕、及び麻薬や彼らが使う武器の押収を、数字で挙げる方が成果を誇示し易いのは確かだが、ひたすら殺人や誘拐、強奪行為を取り締まる方に軸足を移す、と言うものだ。そのため、連邦警察の定員を5万人に増員し、元軍兵士から成るが市民が統制する自警団を犯罪多発地域に配備する、と言う。一方で対米協調は従来通りであり、麻薬の合法化はしない、とも言う。加えて、カルデロン政権の成果は讃え、軍の撤収までは踏み込まない。具体策のイメージは、聊か見え難い。
2009年の下院(任期は3年)中間選挙でPRIは、連合する緑の党の議席と合わせ、総定数の過半数を獲得した(中間選挙の無い上院は3分の1)。総選挙により、この議会勢力地図の行方も、気になるところだ。
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