ベネズエラ大統領選の行方
6月10日、エンリケ・カプリーレスラドンスキ-(以下カプリーレス)氏が10月7日の大統領選立候補を正式に届け出た。それより数日前に、ミランダ州知事を辞任した。カラカス東部から選挙管理事務所(CNE)までの約10kmを、数十万の支持者の中をジョギングで辿った。翌11日にはチャベス現大統領が新憲法下の第三回目の連続再選を狙って、政権綱領を携え同様の届け出を行った。彼は大統領官邸と選挙管理事務所の僅か数ブロックを、数十万人の支持者に囲まれながらオープンカーで華々しくパレードした。久し振りの大衆面前登場だ。前日のカプリーレス氏のパフォーマンスを意識したものかどうかは分からない。正式に大統領選挙戦がスタートするのは、7月1日、となっている。
世論調査は幾つか出ている。両氏の支持率は調査会社によりえらく異なり、カプリーレス氏優位のものあり、チャベス氏の圧倒的優位ありで、余り参考になるまい。寧ろ、チャベス氏の健康問題が尾を引く。万が一、大統領選出馬断念に追い込まれても、投票日の10日前までであれば彼の陣営からの交代は認められている。だが、外電が囃す有力後継候補(国会議長、国防相、外相など)の誰が出ても、苦戦は免れまい。ともあれ、ここではチャベス対カプリーレスで書き進める。
去る5月11日夜、チャベス大統領が、このブログでも採り上げた癌の再摘出手術http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/03/post-e1da.htmlを含め、2月24日から数えて僅か2ヵ月半で6回目のキューバとの往復を終え、カラカスに帰着した。ハバナ滞在期間は、最初は21日間、3度の4、5日間の繰り返し、前回11日間、今回12日間と計算して行くと、この間の半分以上になる。その後のハバナ往復は無いが、テレビを通じたものも含め公衆に姿を見せる機会は、数えるほどしか無い。
6月9日、彼は、キューバでの放射線治療を経て帰国後行った様々な検査の結果、癌の再々発の脅威は無くなり、これまでの治療が成功したことを証明した、体調は非常に良い、と語った。4月、「やり残したことがあり、我に命を」と涙して祈った、とのニュースが出たことがある。だが、最後にハバナに発つ直前の4月30日、大統領授権法により自ら纏め挙げた改正労働法に署名し、確か一週間後に発効した。週40時間労働(従来は44時間)など、労働者保護を強化する内容だ。労働基本権に関わる重要な法律で、議会審議を経ずに通したことを、野党は批判したし、カプリーレス氏も、明らかな選挙目当てだ、と明言、且つ、最も重要な失業問題の解決にはマイナス、とも指摘したものだ。
カプリーレス氏の政見については、予備選挙結果を報告した本ブログのhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/02/post-5085.htmlを参照願いたい。チャベス氏が盟友とし、暫く彼同様の癌治療で騒がれたブラジルのルラ前大統領の政治をモデルにしており、決してチャベス政治の対極にある右派志向ではない。それだけに、チャベス氏には政見論争で彼を攻撃し難い。だから、米国が支援する、だの、ユダヤ系ブルジョアジーだの、チャベスを真似ると言いながら実は本性を隠しているだの、情緒的な攻撃を、いやしくも一国家の最高指導者としては驚くべき口汚さで繰り返す。
だがかかる攻撃が全くの的外れでもないことは、確かだろう。4月30日のハバナ出発直前、チャベス氏は米州機構(OAS)に帰属する米州人権委員会(Inter-American Commission on Human Rights、IACHR。本部ワシントン)よりの脱退の意向を表明した。ちょうど10年前の2002年4月、彼が短期間失脚した際に発足したカルモナ政権を同委員会は承認した。これを理由に彼は同委員会を「米国の利益のためのサービスに偏重した機関」として糾弾して来た。だが同委員会にコミッショナーを出すなど、現実に忌避している様子は見られなかった。実際にはメディア規制批判を繰り返す同委員会が煙ったいからだろうし、ブラジルなどラテンアメリカ諸国の幾つかの国も、国家主権に介入し過ぎる、として同委員会を嫌う。カプリーレス氏は、無責任である、としてチャベス意向を批判、すぐさま反応したのは、やはり対米修復を念頭に置いているから、と思われる。
チャベス大統領は、言うまでもなく米国にえらく評判が悪い。彼が進める外資系企業に対する規制や接収は、米国にはもっての他だ。仮にカプリーレス政権が誕生すれば、真っ先にこの路線の破棄を要求して来よう。また口にせずとも米国がカプリーレス勝利を望んでいることは確かだ。
チャベス大統領は癌手術、癌治療で闘って来た上で粉骨砕身している、と彼を再評価する国民も多かろう。ラテンアメリカ最悪と言われるインフレ、高い失業率、そして高い殺人率(公的機関によるものではないが)に示された治安の悪さ、非常識に映る彼の言動にも拘わらず、今の彼の国民的人気は高い。チャベス党とも言える与党統一社会党(PSUV)が2010年議会選で獲得した議席数は全体の6割超ではあっても、得票率では48%だった。それから時間も経ち、PSUV自体への有権者支持率がどうなっているかは分からないが、少なくとも今年の大統領選での彼自身の敗北を予想するのは難しい。
万が一カプリーレス氏が勝利すれば、早速任期3年を残す議会対策で苦慮することになる。彼の政治基盤はまた、定数165の議会で僅か6議席の「正義第一(PJ)」と言う弱小政党で、民主統一会議(MUD)を構成する政党の中で四番目の勢力に過ぎない。果たしてMUDを纏め切れるのか気になるほどだ。加えて、上記の通りPSUVという巨大な野党を抱えることになる。そんな大統領に、インフレ退治や雇用創出、治安回復は難問で、チャベス氏が選挙戦でここを突き付ければ、それだけでも苦戦しそうだ。
カプリーレス暗殺謀議の情報がある、しかも保守層によるものだ、とチャベス大統領が警告した、とのニュースが流れたことがある。対抗することへの脅迫とも取れる。また、我々はチャベスと共にある、などと言う軍幹部の発言も流れた。軍の中立性を絶対とする民主主義の根幹に関わる暴言だ。いずれも外電で読んだものだが、チャベス氏の立場では泰然自若として当然の中、事実とすれば何ともおぞましい。加えて、最近彼自らが設置した「国家評議会」(評議員がどう決められたか知らないが)なる大統領の最高諮問機関で重要政策を決める動きが事実として有る。
一個人が10年以上もの長い期間、連続して最高権力を行使するのは、如何に国民的英雄であろうが、私は好ましくない、と考える。しかしどうしても本人が国民のための革命を遂行する自分の使命だ、と主張し、周囲が、そして国民もそれを望むのであれば、せめて選挙戦くらい堂々と政策論議で臨んで貰いたいものだ。
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