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2012年6月25日 (月)

パラグアイ議会がルゴ大統領罷免

622日、ルゴ大統領に対する罷免のための審議が上院で5時間行われ、賛成39名、反対4名、棄権2名で決議(言語ではjuicio político、即ち「政治判決」)された。聞き慣れない表現だが、憲法にも規定がある由だ。弾劾審議のようなものだが、通常はスキャンダルや国家指導者としては破廉恥な行為、或いは著しい失政が対象となろう。彼への罷免理由は、パラグアイにおける社会対立激化への任務の不履行とされている。報道を読むと、彼に対する弾劾事由は;

1)615日に17名の死亡者が出た(土地無し農民と警官隊との衝突)

2)2009年に左派政党が軍基地で政治集会を開催させた

3)ブラジル人所有の大豆農園を3千人が不法占拠した

4)誘拐や警察署襲撃を行って来たパラグアイ人民軍を名乗るゲリラのメンバー逮捕に失敗した

5)大統領は適正な議会承認を経ず国際議定書に署名した

判決文をきちんと読んでおらず、間違いかも知れないが、私の解釈では、上記の内、1)と3)は、大統領が力を入れる農地改革政策で、甘やかし過ぎた土地無し農民の左派グループが惹き起こしたもので、大統領に責任がある、また、2)と4)も左派に甘い大統領の体質に原因がある、との判断ではなかろうか。5)は何の事を指すのか、どなたかご存知なら教えて頂きたい。よく知られたことで、彼に隠し子がいた、という理由なら、どこの国でもあるスキャンダルによる弾劾だが、1)~4)の理由が弾劾に相当するとは、普通にあり得ようか。 

もう少し見よう。621日、つまり前日、下院が761の大差で彼を「政治判決」を受けさせる決議を行った。政治判決は上院の役割のようだ。一種の裁判であり、被告には当然弁護士が就く。「被告」は大統領であり、弁護団が組成された。彼らは審議に18日間を提示した。だが「裁判長」に相当すると思われる上院議長はこれを拒絶、僅か2時間の弁明時間が与えられただけだ。

街頭では彼の支持者らがデモで警官隊と衝突した。支持者の抗議活動激化への恐れを受け、学校は休校、都心の商店街は閉店が目立った、と報じられる。ルゴ大統領は、国民と民主主義に挑むクーデターである、と断じながらも、国情不安に陥る可能性を理由に、上院決議を受け容れ、任期を1年余り残し、退陣した。そして直ちに、政権与党である真正急進自由党のフランコ副大統領(49歳)が、ルゴ氏の任期残を務める大統領宣誓を行った。ルゴ氏は市民議会による判決をたった一日の出来事で、このニュースに私も驚いてしまった。 

19892月に35年間も続いたストロエスネル(1912-2006)政権がロドリゲス(1923-97)将軍によるクーデターで崩壊し、同将軍が民選大統領に就いてから23年経った。最初の文民大統領に就いたワスモシ政権下の19964月、オビエド将軍がクーデターを試みたが、未遂に終わった。民主主義を後戻りさせない、と言う他のメルコスル諸国の強い意志による外交努力で解決した事例として語られたものだ。

19993月、クバスグラウ大統領が政権を発足させて7ヵ月で辞任した。就任直後にオビエド将軍に恩赦を与えたが、これが違憲であるとの最高裁判決を引き出し、議会が同調、アルガーニャ副大統領が暗殺され、また反政権デモの中で4名が死亡し、議会で進められていた大統領弾劾手続きに先手を打ったものだ。副大統領が死去していたため、ゴンサレスマキ上院議長が、45ヵ月もの任期残を担う臨時大統領に就いた。クバスグラウ氏はブラジルに亡命した。ついでながら、ロドリゲスマキ氏も二度、議会による弾劾を受けたが、任期は全うした。 

20096月のホンジュラスにおけるセラヤ大統領追放事件(本ブログhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e8d4.html参照)では、いかに最高裁が合憲を断定し、臨時大統領となった国会議長が正統を叫んでも、国際社会は押し並べて正統性に欠ける、とし、臨時政権を認めずセラヤ復帰を求めた。これが実現せぬまま臨時政権下で行われた同年11月の総選挙結果に対する評価は、民意であり尊重すべき、とする米国などと、正統性の無い政権下での選挙は無効、とする、主として南米諸国とが真っ向から対立(この点、次のブログ記事を参照願いたい。http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-31eb.html)、セラヤ帰国で最終的解決を見るまで、二年もかかった。

ルゴ大統領罷免劇は、本人に十分な弁明時間も与えなかったことで、ラテンアメリカ諸国から厳しい批判を受けている。ルゴ氏本人は、議会による「判決」を受け容れ、2013年の総選挙で上院議員に立候補することを表明しており、軍が関与して追放され、その後復帰を訴えたホンジュラスのセラヤ氏のケースとは性格が全く違う。それでも米州ボリーバル同盟(ALBA)諸国やアルゼンチンなどは収まらない。これを「議会クーデター」と表現、新政権を承認しない姿勢を早々と打ち出した。フランコ臨時政権の正統性を巡る米州諸国の意見集約がとうなるのか、注目したい。

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