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2012年6月22日 (金)

フォークランド戦争30周年

619日、メキシコのロスカボスで前日始まったG20サミットの休憩時間で起きた一コマである。イギリスのキャメロン首相がアルゼンチンのフェルナンデス大統領に近寄り、フォークランド(イギリスの呼称。アルゼンチン名はマルビナス。この領有権問題については、一度このブログで出したhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/post-8a42.htmlを再読願いたい)島民が2013年に行う自治権に関する住民投票の結果を見よう、と語った。彼女はすぐさま、国連決議に従い二国間協議に入ろう、と返し、決議文の入った封筒を彼に渡そう、としたところ、彼は受け取りを拒否、引き返した。 

その5日前の614日のことだ。この日はイギリスにとってアルゼンチンとの74日間に亘るフォークランド戦争を制した日で、前13日、キャメロン首相が、島民がアルゼンチンの脅威に晒されている、として、彼らの保護を改めて約束していた。さらにその前日の12日、フォークランド議会(政府)が明2013年の住民投票を実施する旨を発表、彼はこの投票こそが全てを決める、と支持していた。この日、フォークランドの首府ポートスタンレーで戦勝祝賀行事が行われ、ここには英軍統合参謀長のリチャーズ卿も列席している。

その614日、フェルナンデス大統領が、国連の「Decolonization(植民地支配終結)委員会 」に、居並ぶ8名の島民代表団を前に、ティメルマン外相など4名の閣僚、野党を含む国会議員団など、計60名を引き連れて出席した。国家最高指導者自らがこの委員会に出席するのは初めてだそうだ。彼女はパタゴニア半島の南端に近いウシュアイアで42日に開催されたマルビナス戦没者(アルゼンチン649名。イギリスは255名)追悼30周年記念式典に出席した。その一週間後の第六回米州サミットの共同宣言にマルビナス領有権、乃至は対英交渉再開を入れようとして失敗したことについては、このブログでも紹介した(http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/04/post-767a.html)。島民の意志を尊重すべき、との主張一辺倒で交渉のテーブルに就くことすら拒絶し続けるイギリスの交渉引っ張り出しに、結局同委員会にまで足を踏み入れた。

彼女は、対英要求はただ一点、対話である、と強調、19747月にイギリス政府から当時のペロン政権に対し秘密裏に提示され、彼の死去、軍政復活により陽の眼を見なかった共同統治案を例示して見せた。島民代表団は、自らの自決権に関わる対話は、アルゼンチンがイギリスと行うのではなく、島民と行うべき、とする書簡を彼女に渡そうとしたが、対話相手はあくまでもイギリス政府、として、受け取りを拒否された。これは領土問題だ。島民が幾ら自決権を訴えても、国際的には国連憲章第11条に基づく非自治地域に指定されている。国家としての統治はイギリスが行っている。統治権はアルゼンチンチンが主張している。どちらに主権があるかは、当事国同士で交渉の上決める。 

非自治地域とは、自らの政府を持ち得ない地域で、州や県、と言った母国の海外自治体にも成りえぬ場所を指す。要するに植民地のようなものだ。現在、フォークランドを含め世界に16箇所有り、その内の9箇所がフォークランド同様、大西洋・カリブ地区にある。8箇所までが英領で、オフショア金融や観光地で日本でも馴染みの深いケイマン及びバミューダは、人口56万人と独立国のドミニカやセントキッツ並みなので、独立を含む脱植民地への新たな展開も有り得よう。フォークランドの人口はその8箇所中最少の3千人だ。母国の庇護は必要だろう。一朝ことがある、或いは予見されれば、14千キロ離れた本国、イギリスから軍が派遣される。今年は英企業の石油開発に対するアルゼンチンの警告を理由に、イギリス王位継承権者の一人、ウィリアム王子まで加わった艦隊を派遣した。

非自治地域は夫々が自前の旗を持つ。英領は、全てユニオンジャックをあしらっている。14日、フェルナンデス大統領が「フォークランドを名乗るマルビナスの旗を見ると恥辱を覚える」と言ったものだ。この旗を掲げる船舶は、現在アルゼンチンを含むメルコスル諸国とチリへの寄港が阻まれる。ALBA諸国も同様だ。また、アルゼンチンの立場は、全てのラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)の支持も得ている。国連に交渉の命令権が無い以上、たな晒し状態は続く。

英領非自治地域でイギリスが他独立国と領有権を争っているのは、私が知る限りフォークランドのみだ。カリブ島嶼部には十六世紀に進出し、人口過小地帯を支配し、十七世紀にはキューバ、現ドミニカ共和国及びプエルトリコを除く全てがスペイン以外のヨーロッパ列強の支配下に落ちた。大半が、英領となった。1670年のマドリード条約で、スペインはカリブ海域に限り現実を追認し、領有権を放棄した。フォークランドへは、18331月、アルゼンチンが独立後の国情不安な時期に、軍艦を派遣し入植地を占領する形で踏み込んで来た。ポツダム宣言受諾に動いていた日本の北方領土に侵攻し、日本の戦えない北方防衛軍を前に、殆ど一方的武力制圧で自国領土に組み入れた旧ソ連とよく似た経緯だ。

Decolonization委員会は24ヵ国で構成される。モレホン委員長(エクアドル人)は、大統領の出席は国連システムへの信頼性を高める上で歴史的、と評価したが、行われた決議は従来通り、両当事国間は交渉を通じて平和裡に問題解決策を求めるべき、としたものだった。何度同じ議決を繰り返そうが、国連の議決であろうが、イギリスは、住民の意志に委ねるべきで、アルゼンチンとの国家間交渉は無用、として、無視し続けてきている。同委員会にアルゼンチン大統領が出席しようが、イギリスからは代表団参加はおろか、国連大使すら出席しなかった。 

G20に話を戻す。キャメロン首相は名指しこそしなかったが、演説に、国内産業保護のため輸入規制を敷き、また進出した外国企業から子会社を接収したG20メンバーに相応しからぬ国の存在、に言及した。非礼を通り越した演説でフェルナンデス大統領には悔しい思いもあったろう。

アルゼンチンは今、輸入規制(事前審査制度導入及び関税引き上げ)で日欧米など諸外国の批判を受けている。輸入代替産業育成、という、半世紀以上も昔の政策の復活を図るものと言われ、批判は身内のメルコスル諸国からも受ける有様だ。また会場にはYPF接収という問題を抱えるスペインのラホイ首相も来ていたが、スペインのみならず外国企業のアルゼンチン向け投資意欲に水を差す。アルゼンチンの今後について極めて重大な問題であり、イギリスの非礼と傲慢に向かうには、輸入規制と外国投資の問題解決が急がれよう。

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コメント

領土問題は理性や論理の外というのは歴史的に長い間民族間の紛争や他民族の侵入・侵略に屈したり行なったりしてきた大半の民族では共通の認識と感じます。逆に尖閣や北方問題で弱腰で済ませてしまう日本国民の感覚の方が非常識のような気がします。日本は国内問題では感情論が先に立ち現実的な落とし所を見失う傾向が強いのに、領土問題では論理で立ち向かおうとする。国際的には変な国だと思います。

投稿: 元体操のおじさん | 2012年7月31日 (火) 09時57分

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