アルゼンチンYPF再国有化
このブログで前回の「第六回米州サミットに思う(4)」http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2012/04/post-cabd.htmlの中でお伝えした4月16日にフェルナンデス大統領発表のYPF(Yacimientos Petrolíferos Fiscales)再国有化法案の続きとしてお伝えすると、その後、アルゼンチン上院(定数72議席。4月25日)は賛成63、反対3、棄権4で、下院(定数257議席。5月3日)は夫々207、32、6で採決、YPF株の51%が公的部門に接収されることが決まった。
フェルナンデス氏は数ヵ月前にYPFが生産量を減らしたためにエネルギー輸入が急増し貿易収支縮小を呼んでいる、と述べ、この頃から再国有化の噂は絶えなかったそうだ。法案発表時に彼女が述べたかったのは、YPFの生産減は、これまでの収益を高配当と親会社Repsolの国際展開に回し、国内での生産活動に回す資金は不十分だったため、と断じ、加えて、国策として国内向け燃料価格を抑える必要があるのに、協力せず、より高値で売れる国際(輸出)市場で販売した、だから、アルゼンチン全体としては高値の国際(輸入)市場からの調達を余儀なくされた、と言うものだ。上記Repsolの反論と、ぴったり対を成す。事実、2011年のエネルギー輸入額は前年比倍増の93億㌦になり、実に1987年以来初めて、エネルギー貿易赤字となった、しかも30億㌦の巨額だった、と報道されている。
生産減について言えば、一つの油田はいずれ枯渇する。だから石油会社は別の油田を常に求め、巨額の探査投資を続ける。これが不十分だと生産は落ちる。YPFの生産量の推移を調べたが、1998年のピークに日量54万バーレルだった原油生産量は、2011年には27万バーレルに半減している。ガスはそれほど酷くないが、年間147億立米から、2004年の200億立米でピークを付けた後、125億立米に減った。これには、アルゼンチン政府が国内市場向け補助金、価格統制、輸出税と、生産意欲を殺いだことが大きい、とのRepsolの反論が伝わる。逆に、フェルナンデス氏の言を裏付ける。
アルゼンチンにある石油会社はYPFだけではない。元国営会社である同社の国内生産シェアは、驚いたが、2011年で石油34%、ガス23%に過ぎないと言う。しかも、フランスのTotal、ブラジルのPetrobras始め、外資系が殆どだ。Wikipediaで調べたところ、アルゼンチン全体でみれば石油生産量は1998年の日量84万バーレルから2011年は57万バーレルに、ガスは2004年の520億立米から455億立米に減少したが、計算上はYPF分を除くと横這いだ。仮に、YPFが生産維持乃至増産努力もせず、一方で生産の殆どを上記のような理由で輸出に回し、その他が国策に協力して国内向けに廉売しているのであれば、アルゼンチン政府の怒りも尤もだが、実態はどうなのだろうか。
米CIAの最新のWorld FactBookによると、2010年推定でアルゼンチンの石油生産量日量76万バーレル、消費量62万バーレル、輸出は2009年で24万バーレル、輸入は同2万バーレルで22万バーレルの輸出超過だった。またガスは2010年生産量年401億立米、同消費量435億立米、2009年輸出8.8億立米、同輸入19.4億立米で11億立米の輸入超過、となる。生産量及び消費量との絡みで言えば、さほど異常とは思えない。残念ながらYPF個別の輸出実績は私には分からない。2010年、11年のアルゼンチン全体の石油、ガス輸入実績も、だ。メディアもそこまでは伝えない。
Repsolは1999年にYPFを買収して名称もRepsol-YPFに変え、2010年末の総資産676億ユーロ、株主資本260億ユーロ、従業員数4.3万人、堂々たる大企業だが、元々は1986年、スペイン政府100%出資の石油公団(INH)の石油ガス事業子会社として設立された、事実上の国営企業だった。設立翌年から民営化が始まり、1997年までに完全民間会社となったが、スペイン政府には身内意識が強いのかも知れない。フェルナンデス氏の発表に反発し早速年間10億㌦以上を輸入して来たアルゼンチン産バイオディーゼルの輸入制限を講じ、またEUを動かし経済制裁を検討させてきた。2010年の同社営業利益は76.2億ユーロだが、この内の14.5億ユーロをYPF分、としている。同社貸借対照表でのYPF分を私は探し出せていないが、YPF自身の決算書では同年末総資産466億ペソ、株主資本190億ペソとある。因みに2011年末では株主資本は187億ペソ(1ドル=4.4ペソとして43億㌦)。
YPF再国有化は勿論有償だ。スペイン政府も、賠償額次第では矛を収めるようだ。Repsolは105億㌦を要求している。YPFの価値を183億㌦と主張、Repsol持ち分が57%だから、と言う。ただ接収対象は51%だから、90億㌦ちょっと、だ。Wikipedia英文を覗くと、同社がYPFの97%を買収した際に費やしたのは最初の15%分20億㌦を含む計150億㌦とある。これから40%相当分を第三者に売却した。残るは90億㌦の計算になる。57%と51%の差は6%なので、Repsolが90億㌦の支払いを受ければ、6%分の儲けとなる。勿論、こんな金額がアルゼンチン側から認められよう筈もない。常識的には、再国有化発表日の時価総額104億㌦が基準となろう。その51%なら52億㌦、Repsolの本音としては、これで決着が付けば満足なのではなかろうか。
実際に累計で幾らになったのか、私は調べていないが、フェルナンデス氏が言う「法外な高配当」もあるし、既にYPFからかなりの果実を得ている筈だ。2011年末の同社が権益を持つ埋蔵量は石油6億バーレル、ガス668億立米とあり、同年の生産量の5~6年分でしかなく、今やRepsolにとりYPFの魅力は少なくなっていよう。
ともあれ、最終決着までには、まだ時間がかかる。Repsolは-YPF操業に関わる投資や協力に参加する企業への訴訟をちらつかせる。そのくせ、ボリビアを戦略的投資市場と見て、アルゼンチン向けガス事業に参加する。スペイン政府はEU議会を通じてEUによるアルゼンチン制裁を働きかけてはいるが、何せスペインはアルゼンチンにとり、2010年末時点で第二位(17%)の米国を凌ぐ26%、金額で230億㌦という最大の直接投資国だ。その内の幾らがRepsolによるものか私は知らないが、無視できる金額ではあるまい。そうそう無茶はできまい。Repsol 以外の進出企業のコメントを訊いてみたいものだ。
一方のアルゼンチン政府である。細かく追っているわけではないが、石油、ガスの消費量が相当伸びてきているようだ。経済規模の拡大をその理由としているが、世界的なCO2削減にどれほどの努力を傾注しているのだろうか。そもそも2010年末の石油埋蔵量は25億バーレル、同年消費量の12年分、ガスは3,788億立米、同9年分である。勿論探査結果でこれは増えるが、それでも脱炭化水素の時代にあって、政府が経営に乗り出し効率が落とす再国有化に踏み切り、2002年の債務不履行以来国際金融市場から見放されている中で、外国企業に投資意欲を減退させ、結果として国際資本収支を棄損せしめる必要が、あるのだろうか。ナショナリズムだけなら理解できないことはないが。
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コメント
良くこれだけ大量に長く書けるものだと感心します。よほど丁寧に国情をトラックされてるのでしょう。最近投資会社が盛んに南米、特にブラジル、の投資を進められますが、南米は知らないし少額の資金しかないのにリスクはあまりとれません。ブラジルやアルゼンチンのリスクは比較的低い方でしょうか。
投稿: 元体操のおじさん | 2012年5月12日 (土) 16時40分
元体操のおじさんへ
お返事が遅れてすみません。
この問題については、スペイン社の訴訟、スペイン政府の具体的制裁(バイオディーゼル禁輸だけなら大したことありません)や、EUの行動は見ていく積りです。基本的に国際金融界から締め出されているアルゼンチンにとり貿易黒字と外国直接投資が不可欠要素で、YPF接収も随分悩んだ上での例外的決断だったと思っています。外国からの事業投資引き受け(累積ですでに900億ドル)は、今後も続けられる筈です。なお、日本ではBRICSで結構プレゼンスの高いブラジルと異なり、アルゼンチンが話題になることは少ないですね。とても豊かな国です
投稿: 管理者 | 2012年5月19日 (土) 15時52分
お忙しいのに無理強いしてすみません。
投稿: 元体操のおじさん | 2012年5月21日 (月) 20時33分