« アルゼンチンYPF再国有化 | トップページ | ドミニカ共和国大統領選 »

2012年5月18日 (金)

フエンテスの死に思う

メキシコ、と言うよりラテンアメリカを代表する作家、カルロス・フエンテスが15日、83歳で死去した。大統領、ノーベル賞作家、歌手など、各界からツイッターなどを通じ弔意が寄せられている。米国でも有名だったようで、数年前ニューヨーク旅行した際、大手書店で彼の作品、特に小説がずらりと並んでいた。邦訳された作品も多く、読まれた方もおられると思う。私個人は、小説は読んでいないが、1992年の作品で96年に中央公論社から出された「埋められた鏡」を、出版翌年に、図書館から借りて読んだ。言わば歴史書であり、メキシコに限らずラテンアメリカ全体の、いわゆる新大陸発見からの歩みを追っている。翻訳が上手いのか、文章が生き生きとし、一気に読み通せた。確か英語訳版からの邦訳ではなかっただろうか。ともかく、彼の学識の広さに感銘を受けた憶えがある。調べてみると、外交官の子で、16歳になるまで米国や南米の各首都で暮らし、長じてより、自らも50歳になるまで外交官としてロンドン、パリに駐在し、また学者として米国の複数の大学で教壇に立っていた。メキシコで唯一のノーベル賞作家、オクタビオ・パス(1914-98)に似た経歴だ。

余談だが、「埋められた鏡」と同時に、ウルグアイのガレアーノ氏(1940~)が書いた「収奪された大地」も読んだ。2009年、初めて米州会議に臨んだオバマ米大統領に、チャベス・ベネズエラ大統領が進呈した作品で、1971年に初版が出された。邦訳の初版は1986年だったが、元にしたのは英訳で、これが1980年だったので遅くなったようだ。これは買った。ガレアーノ氏はジャーナリスト出身で、197385年の軍政時代にアルゼンチン、スペインに亡命している。外交官出身で欧米の大学で教鞭をとったフエンテスとは史観も視点も異なるし、確か小説は手掛けていない。私は、要するにラテンアメリカの知識人によるラテンアメリカの歴史を読みたかった。 

ところで、ラテンアメリカ十八ヵ国でノーベル賞作家は少ない。ミストラル(1945年受賞、以下同、チリ)、アストゥリアス(1967年、グァテマラ)、ネルーダ(1971年、チリ)、ガルシアマルケス(1982年、コロンビア)、上記パス(1990年、メキシコ)、及びバルガスリョサ(2011年、ペルー)の6人程度だ。米国が10人、スペインが4人、とくれば、これだけか、と思わざるを得ない。域内大国のブラジルやアルゼンチンにはいない。一方で、先進国でもないのにたいしたものだ、とも思う。

私は詩歌を嗜まないので、詩人であるミストラル、ネルーダ及びパスは寧ろ避けて来た。常識的に、ネルーダが共産主義者でありアジェンデ大統領の誕生(1970年)を喜び、政権崩壊(1973年)直後に癌で死去したくらいの知識があるのみだ。私が読んだノーベル賞作家の作品は、アストゥリアスの、エストラダ大統領(在任1898-1920)時代のグァテマラ社会を描いた「大統領閣下」、ガルシアマルケスの、ボリーバルの晩年を描いた「迷宮の将軍」、バルガスリョサのブラジル北東部バイア州奥地に築かれた「カヌードス」という共同体(1893-97)の反乱を扱った「世界終末戦争」、など有る意味で歴史小説の類が多い。ご多分に洩れず、ノーベル賞作家の作品は純文学故に大衆受けしない。だが歴史小説ならすっと入って行ける。加えて、ガルシアマルケスなら「誘拐」、バルガスリョサなら「都会と犬ころ」は、言わば社会派小説の類で、読むほどに引き込まれそうな印象を受けた。 

ラテンアメリカ人の著作は、日本では、ノーベル賞作家の作品に限らず、あまり読まれていないのではなかろうか。英米人の著作以外で読まれる外国人作品そのものがさほど出回っていない中では、止むを得ない面もあろう。米州の盟主を自負し、5千万人のヒスパニック人口を有し、しかも書籍そのものが良く売れ、図書館の充実度では世界に冠たる米国と比較しても仕方が無い。加えて、ラテンアメリカ自体が書籍フェスティバルこそ時々開催されてはいるものの、大型書店は殆ど見当たらず、図書館も少ない。国民の読書習慣が、活字離れを喧伝される昨今の日本人と比べても、低いように思われる。ならば尚更、日本であまり読まれないことに不満は言えない。

それでも、ラテンアメリカに関わる一人として、私個人で言えば、邦訳された作品くらいは詩歌を除き全部読んでおくべき、と、フエンテスの死を契機に、自戒する。何しろ、ラテンアメリカを代表する大作家の作品では、読んだのは「埋もれた鏡」だけなのだから。

|

« アルゼンチンYPF再国有化 | トップページ | ドミニカ共和国大統領選 »

ラテンアメリカ全体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アルゼンチンYPF再国有化 | トップページ | ドミニカ共和国大統領選 »