ローマ法王のメキシコ・キューバ訪問
3月23日から28日まで、ローマ法王ベネディクト十六世がメキシコのレオンを中心としたグァナフアト州と、キューバのサンティアゴデクーバとハバナを訪問した。
メキシコは、ブラジルに次いで世界第二位のカトリック教徒を抱える。彼の前任者、ヨハネ・パウロ二世は5回も訪れた。だから2007年5月に4日間のブラジル訪問実績のある彼が訪れるのに、何の違和感は無い。寧ろ、84歳にして初めての訪問、と言うことの方に違和感がある。メキシコではカトリック教徒の数が減少の一途を辿り、代わりにプロテスタントが増加している。法王庁には一定の不安感もあろう。また今回訪問地のグァナフアトと言えば、イダルゴ神父がドロレスの叫びでメキシコ独立革命の火ぶたを切ったところだ。彼は州最大の都市レオンを拠点に動いた。3日間の滞在中、カルデロン大統領との会談も行ったが、主としてカトリック教徒との触れ合に注力したようだ。20メートルの巨大キリスト像で知られる同州内のシラオで35万人が集め野外ミサを行った。なお、メキシコの治安悪化に陥れている麻薬組織も、法王訪問中は休戦を宣言していた。
キューバは、このブログhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2011/11/post-89ad.htmlでもお伝えしたように、エルコブレ聖母が現れて丁度400年の節目を迎えた。革命で成立し今日も続く社会主義政権が初めて信仰の自由を認めて、丁度20周年にも当たる。1998年のヨハネ・パウロ二世訪問の後、キューバと断交していた国は米国を除き、米州では無くなった。米国すらキューバへの食糧、医薬品の輸出解禁を実現した。枢機卿の大司教を抱くこの国のカトリック教会は、政治面で、共産党一党独裁のこの国で政府に物申せる立場を築き上げても来た。黒い春事件の政治犯75名が、大半は事実上の国外追放にせよ釈放されたのは、教会の働きに負うところ大である。サンティアゴデクーバ及びハバナで一回ずつ、計50万人を集めての野外ミサを執り行った。
23日にメキシコに向かう航空機の中で、ベネディクト十六世がキューバの政治体制について「マルクス主義は現実の政治にはそぐわない、新たな政治モデルが必要」と述べたことが日本でも報じられた。日本でも、と言うより、法王のキューバ訪問を契機にキューバに欧米、日本のメディアが大勢の記者を送り込んでいる。この国の政治体制に重要な変化をもたらす動きがあるかも知れない、との見方が有ったのだろう。事実、法王がヴァチカンに戻った後、「キューバの春」を喧伝する報道も垣間見える。
実際には、大規模野外ミサでこそ「キューバに新たな社会と変革を」と述べたが、キューバの指導部からは、政治改革はあり得ない、とあっさり否定されている。AP通信によると、百万人収容とも言われる革命広場での野外ミサ参列者の中には、法王の説話(スピーチ)の間中喋っている人や飽きてさっさと場を離れる人が多く見られたそうだ。マイクを使って穏やかに話されてもよく聴き取れない。この時期、炎天下の野外のこと、さもありなむ、とも思える。なお、ハバナでのミサの模様は国営テレビでも放送された。だから、聴き取れたかどうかは別にして、法王の説話に接したキューバ国民は多かった筈だ。
「白衣の女性たち」など反体制派の面々が法王との面会を強く望んでいたが、実現しなかった。ハバナには、法王が帰国の途に着くまで、チャベス・ベネズエラ大統領がいた。二度目の癌手術後一旦帰国したが、放射線治療を受けるため来ていた。彼はカトリック教徒であり、多分法王との面会を求めるだろう、と思われていたが、これも実現しなかったようだ。ようだ、と言うのも、CNNがキューバの関係者によれば、との断り付きで、実現した、と報じたからだが、チャベス氏自身は、法王は訪問地でそこの国家元首と会談の機会を持つが、そこに他国の自分が介在する訳にはいかない、として、面会申し込みそのものをやっていない、とベネズエラ国営テレビに語った旨、報道されている。29日、カラカスに帰国した。
法王はラウル・カストロ議長、及びフィデル・カストロ氏と個別に会談の場を持った。何が話し合われたか、現段階では分からない。メディアが気にしていたのは、米国人アラン・グロス氏に対する恩赦、乃至は家族への見舞いのための一時的釈放の実現だろう。米国務省筋が、法王に対しグロス氏への恩赦を促すよう求めた、という記事もあった。実は上記ブログでも取り上げたCuban Fiveの中で、釈放後司法観察下に置かれているゴンサレス氏には、人道的見地による二週間だけの帰国許可が3月中旬に出され、30日、帰国実現を見た。グロス夫人は彼の一時帰国を歓迎し、キューバ政府が夫にも同様の人道的措置を与えてくれることを期待するとのコメントを出している。法王はその前にキューバを発ったにせよ、その直前の空港でのスピーチで米国によるキューバ制裁を厳しく非難したものの、グロス氏については一言も述べていない。
法王の訪問中、マイアミ大司教に同行する形で800人とも言われる在米の亡命キューバ人が訪れた。殆どは初めての「里帰り」と言う。この大司教は政治思想の違いで米国に出たキューバ人と、社会主義政権を是としキューバに残った人たちの橋渡し役を望んでいる。米国にキューバ制裁を強く求めているのはキューバ系アメリカ人社会、とはよく言われるが、彼に同行した人たちから、米国の制裁は非生産的で、このままだと一歩も前進できない、との声が高まっているそうだ。キューバ革命から半世紀以上も過ぎた。私が読んだ報道記事の中では、彼らの多くは幼い時にキューバを離れた。両親や周囲の人たちから、母国ではカストロ独裁により国民が何も喋れず、食べ物にも苦労し、悲嘆の中で奴隷のような生活を虐げられている、と聞かされ、キューバ行きを恐れていた、という人もいる。既に里帰りが自由化され毎年10万人以上が帰って来ている中で、聊か大袈裟だ。ただ、確実に米国内のキューバ人社会は、変わりつつあるようだ。
ベネディクト十六世のキューバ訪問が何をもたらすか。これからに注目したい。
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