エルサルバドル議会選に思う
3月11日、エルサルバドルで立法議会(国会。一院制。定数84議席)が行われた。その結果、与党ファラブンドマルティ解放戦線(FMLN)が31議席と、前回の2009年選挙で取得した35議席から4つ減少させた。これに対し、現フネス政権誕生前の20年間政権を担ってきた国民共和同盟(ARENA)は33議席で、1つだけ増やした。
しかし、議会第一党が僅差で入れ替わっただけ、と言うのは皮相な見方だ。政権運営上、法案を通すには一般的に議会で過半数の43票が必要だし、予算案や対外借り入れにはエルサルバドルでは三分の二の56票が必要、と言う。だから翌2010年6月、初めての政権交代を果たしたFMLNは政策連合の相手を求めた。この頃にはARENAの反主流派が他党との一部と共に国民統合大同盟(Gran Alianza por la Unidad Nacional。GANA)と言う別の政党を結成、16議席の勢力となっていた。FMLNは彼らと部分的な政策連合を組む。元左翼ゲリラ組織であり、ゲリラ活動の闘士が指導部を占めるFMLNにしては、政策運営が極めて穏健だった一つの背景として記憶したい。
ともあれ、GANA結成後のARENAの議席数は、一気に落ち込み、現段階では18議席となっている。つまり今回獲得したのは、現有議席数に比べ15増に相当する。GANAは5減の11議席なので、2014年5月31日まで確定しているフネス政権の部分的連合勢力は今回選挙結果、GANAとの連合を組んだところで42議席、過半数に足りない。つまり2年間さらなる部分連合が必要、ということになる。
ところで、GANAと言えば、グァテマラにもある。こちらは国民大同盟(Gran Alianza Nacional)で、2003年選挙でベルヘル候補を大統領選勝者に導いた。元々中道右派の複数政党の連合であり、現在はコロム前大統領の中道左派、国民希望連合(UNE)との連合勢力を成す。エルサルバドルでは左派のFMLNと部分的な政策連合を組むGANAも、中道右派に位置づけられる。こちらの方は党首が誰なのか、ホームページを見ても分からない。英語版Wikipediaには、驚いたが、サカゴンサレス前大統領の名前が出ていた。党首クリスティアーニ元大統領とそりが合わずARENAから離党したのだろうか。
エルサルバドル議会でFMLNが第一、二位の議席を得るようになったのは、1994年からだ。1992年1月16日のチャペルテペック和平合意で最終的に武装放棄し、その後合法政党となり初めて議会選に臨み、いきなりARENAに次ぐ第二党となった。FMLN自体は左翼ゲリラ勢力が統合したもので、この結成は1980年10月、そしてARENAの結成はその1年後、81年9月のことだ。元々、軍内タカ派のドゥビソン大佐が立ち上げた。彼には80年3月のロメロ大司教(1917-80)暗殺事件への関わりが囁かれ、逮捕され一時亡命したこともあるが、84年大統領選に立候補し、46%を得票した。だが、キリスト教民主党(PDC)のナポレオンドゥアルテ(1925-90)に敗れた。ARENA自体は82年議会選で、これもいきなりPDCに次ぐ議会第二党になっていた。
ARENA結成前のエルサルバドルは、軍人政権時代が続いていた。遡れば、1931年に政権を掌握したマルティネスエルナンデス(1882-1966)の独裁に始まる。彼は形の上では連続再選を繰り返したが、競争相手のいない大統領選で、議会は全く機能していなかった。彼の失脚の翌45年、第二次世界大戦が終わり、米州では民主化の動きが始まった。政党も創設された。だが軍部創設した民主統合革命党(PRUD)と公認野党のみであり、任期6年の大統領にはPRUD、事実上は軍部が指名する軍人が選出され、2年毎に行われる議会選挙では、PRUDが全議席を独占した。この体制は、60年10月、リベラ大佐(1921-73)らによるクーデターで崩壊しPRUDは消滅した。この年、ナポレオンドゥアルテらによりPDCが、翌61年にはリベラらにより国民共和党(PCN)が創設された。議会選挙で、結果的にはPCNが圧倒的第一党、これにPDCなど野党が続くようになる。大統領任期は5年に短縮されたが、議員任期は2年のままだった。軍人を大統領に据える、と言う意味で、PCNがPRUD体制を引き継ぐ形となる。
1979年10月、つまりニカラグア革命が成立して3ヵ月後に、若手将校団によるクーデターが起き、17年間続いたPCN時代の終焉を見た。だがPCN自体はPRUDとは異なり、一政党として残った。議員任期は3年間に伸びた(大統領任期はそのまま)。89年大統領選挙でARENAが出した候補が、まだ41歳と若かった、米国の大学を出た実業家、クリスティアーニ氏、現党首だ。PDC候補を大差で破った。彼の政権が、FMLNとの和平を纏め挙げた。またARENAは89年から2009年までの政権を担うことになる。
纏めると、1931年から13年間はマルティネスエルナンデス、事実上1945年から15年間はPRUD(消滅)、62年から17年間はPCN(生き残る)、89年から20年間はARENAが夫々連続して長期政権を担ったことになる。
さて、1960年創設のPDCと61年創設のPCNは、創設から半世紀経つ、エルサルバドルでは言わば伝統政党だ。1988年から6年間、PDCが議会第二党、PCNは第三党だった。FMLNが登場した94年から3年間は夫々第三、第四党、97年からはPCNとPDCの順序が入れ換わった。
PDCは、2000年以降議席数が一桁に落ちてしまい、今回選挙では前回から4つ減らし、僅か1議席に終わった。現有は、既に2議席に減っていた。GANAに移った議員もいよう。大統領選への候補を出さなかったことで、昨年9月に今回選挙での党名使用禁止となり新たに希望党(PE)を登録し、この名で出ている。PCNも、同様の理由で今回選挙では国民連合(CN)で出て、前回実績から4つ減らし7議席とした。やはり一桁となった。されど7議席だ。フネス大統領が政権を運営するに魅力的な数字ではあろう。だが、かつて軍人政権を長く続けたPCNが、当時の左翼ゲリラ組織が集まって結成したFMLNと政策連合を組むことはあるのだろうか。
なお、大統領と議員の任期が異なる国は、複数政党民主体制をとるラテンアメリカ18ヵ国(即ち、キューバを除く)には6ヵ国有る。その内3ヵ国が上院議員(大統領より長い)、1ヵ国が下院議員(同、短い)で、一院制の国ではエルサルバドルとベネズエラ(同、いずれも短い)、となっている。3年と言うのは最も短く、他にメキシコ(下院)の例があるだけだ。エルサルバドルの選挙制度上の特異性、として記憶したい。
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