ローマ法王のキューバ訪問発表
キューバの南端の県の一つ、サンティアゴ・デ・クーバの北岸にあるニペ湾で、1612年、布衣装を着て幼子を抱えた「エルコブレ聖母」の木像が浮かんでいるのが見つかった。像は、自らをそこの住民を保護するマリア、と名乗った、との言い伝えがある。時代を経て1916年、ローマ法王ベネディクト十五世がこの像をキューバの保護者と宣告し、1936年に安置してあるサンティアゴ・デ・クーバの聖堂(santurio)の司教が、国の守護者に相応しく像に冠を載せ、聖堂は法王庁の裁可を得て大教会堂(básilica)に格上げしたそうだ。
その木像が、今、キューバ中を回っている。革命前の1952年以来、初めてだ。11月12日、ハバナにあって、オルテガ枢機卿始めとする信者らと共に、聖母像は市西部にあるサンタリタ教会まで行進した。これに、「白衣の女性たち(Damas de Blanco)」も同行した。サンタリタ教会は、彼女らが毎週ミサを行う場所だ。行進中、信者らは「聖母万歳」、「ベネディクト十六世(十五世ではない)万歳」と叫ぶ。そして彼女らは教会に到着したところで、聖母像に向かい、「全てのキューバ人へ、政治犯へ、自由と平和を」と祈った。枢機卿が参列する宗教行事である。キューバ政府も妨害するわけにはいかない。
万歳を叫ばれたそのベネディクト十六世は、2012年春、メキシコと共にキューバを訪問する旨を11月10日に発表していた。彼のラテンアメリカ訪問は、2007年、第五回ラテンアメリカ司教会議を機に訪れたブラジル以来だ。キューバは、エルコブレ聖母発見400周年記念行事への参列のため、と言う。
カトリック教徒が多いとされるラテンアメリカに、ローマ法王が訪問することは、前法王のヨハネ・パウロ二世を例外として、歴史的には稀である。ヨハネ・パウロ二世だけは幾度も、且つ同一国に何度も、足を運んできた。だが、キューバは1998年1月の一度だけだ。この機会に、100名と言われる政治犯の釈放が実現した。二度に亘り米国が制裁緩和措置に踏み切った。また、米国に息子を伴い洋上で遭難死した彼の母親の在米親戚者と、キューバに残った父親との親権を巡る「エリアン・ゴンサレス」事件も解決、2000年1月には食糧、医薬品の禁輸を解除した。エルサルバドルを除くラテンアメリカ17ヵ国全てが、キューバとの外交再開に踏み切った。それから14年経つ2012年のベネディクト十六世訪問は、何をもたらすだろうか。
「白衣の女性」とは、もともとは、2003年3月の「黒い春」事件で逮捕、収監された75人の妻たちが、毎週日曜日のサンタリタ教会でのミサ、及び街頭デモを通じて、夫らの釈放を訴えるために結成したものだ。スペイン政府と、キューバのカトリック教会が動いたこともあり、今年3月に最後の一人も釈放された(下記を含めhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/post-7a88.htmlをご参照願いたい)。だがその後も、他の政治犯釈放を求め活動は継続してきた。キューバ政府は彼女らを、体制崩壊を図るワシントンや在米亡命キューバ人社会のmercenarias(雇われ兵)、と見做しており、一般市民によるデモ妨害も頻発していた。一月前、リーダーの一人、ラウラ・ポヤーンが死去したが、ベルタ・ソレル氏をリーダーに、活動は続いている。ベネディクト十六世の訪問で、彼女らの要求が叶えられるだろうか。
政治犯だけではなく、上記ブログでも取り上げた米人のアラン・グロス氏の釈放にも関心は集まろう。彼の罪状に関わる事実関係について米国側は沈黙するが、本人の収監で対キューバ関係改善への進展を阻害しているのは間違いない。本人にはスパイの自覚は無いだろうし、キューバにも実害は無い。本人の老母と妹が癌との闘病中であり、人道的観点からの釈放要求も米国では高まっている。
米国では、ヨハネ・パウロ二世キューバ訪問の年の9月、制裁緩和と相反する事件が起きた。いわゆる「Cuban Five」スパイ事件だ。在米キューバ人5名が米軍基地に入り込み、キューバ政府に航空機や軍人の動き、施設のレイアウトや構造などを詳しく報告していた、として、スパイ活動を罪状に逮捕、拘留した事件だ。2001年12月、1名への終身刑などの判決が、在米キューバ人反カストロ社会の中心地、マイアミの裁判所で言い渡された。ご存じの通り、1996年2月、Brothers to the Rescueという反カストロ組織の2機の飛行機がキューバ軍に撃墜され、4名が死亡する事件が起きている。終身刑を受けたのは、これへの関与による。キューバ政府は、彼らが諜報員であることは認めたが、諜報対象は、当時キューバでテロを頻発させていた反カストロ組織であり、何らの反米行為にも携わっていない、と主張、また、裁判地を含め、裁判自体の公平性に疑問有り、として、米国内外で、批判を呼んできた。
それから13年経ち、懲役最短のゴンサレス収監囚が、米国内での監視付き保釈となった。本来は強制送還の筈、米国内では身の危険が大き過ぎる、と、これまた内外の批判を浴びている。フィデル・カストロ前議長が9月末に3ヵ月ぶりに党機関紙に寄稿し取り上げたのが、彼の保釈だ。残酷で間違った、しかし予想された措置、と皮肉を込め糾弾した。
キューバで収監中のグロス氏釈放は、恐らく上記Cuban Fiveの収監囚完全保釈放との交換取引ではなかろうか。政府と司法との関係は米国とキューバでは異なる。ベネディクト十六世訪問で、何がしの動きが期待できまいか。
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