« 廃止されたキューバ砂糖産業省 | トップページ | ペレス元ベネズエラ大統領の最後に思う »

2011年10月 6日 (木)

ボリビアの先住民運動(2)

モホ族の行進http://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2011/09/post-fbfa.html101日に再開され、この行進を追ってきたAFP通信スペイン語版によれば、5日時点でラパスから東北229kmのサペチョという集落に居るとのことだ。925日に警官隊から強制排除されたユクモが320kmだから、随分首都に近づいたものだ。モラレス政権は、ラパス到着が政権鳴り物入りの司法選挙(1016日実施)に掛り、深刻な事態だと憂慮している。

司法選挙とは、最高裁判所、憲法裁判所などの判事を、従来のように議会による任命ではなく、議会が推薦した候補者から、国民が直接投票で選出するものだ。その議会は与党「社会主義運動(MAS)」が多数を占める。元々棄権や白票の出易い制度だが、2009年憲法で決まった。その投票日前後に行進隊が首都到達、政権への抗議行動に入ると、全く異なった政治テーマである選挙そのものが成立しない恐れも出てくる。 

ところで、先住民が特定テーマについての政府陳情を行うため、かかる長距離行進を組織しているのは「ボリビア先住民連盟(CIDOB)」で、今回で8回目のようだ。1982年組成された、「ボリビア東部先住民センター」(略称はここから来ている)がその前身だ。私のホームページ中のラ米の人種的多様性で、ラ米人種分布をご覧頂きたいが、ボリビアの総人口の55%が先住民、とされる。米国CIAThe World FactBookによれば2010年人口が1,000万人だから、550万が先住民、と計算できる。その中の85%ほどが、インカ帝国支配下にあったアンデス高地のケチュア、アイマラ族で、ベニやサンタクルスなどボリビア東部の、比較的低地に住むモホ族を含む種族は、全て合わせても1割内外、とされる。その地で発足したCIDOBは、今やボリビア全9県の内、ラパスのようにアンデス高地を含む7県で活動している。

CIDOBが組織した長距離行進は19908月が最初で、やはりベニ県トリニダードを出発しラパスに至った。この時、前年に国際労働機関(ILO)開催による先住民会議が採択した、国際的に拘束力を持つ「先住民権利宣言」を批准すること、及びボリビア内のNIPNISを含む4地区を先住民保護区と認定すること、を勝ち取った。この5年後、アンデス高地先住民を主体に組織化されていた「農村労働者連盟(CSUTCB)」などと共に、「人民主権会議(ASP)」という政党を創設、中部コチャバンバ県のコカ農家組合を率いていたモラレス現大統領がその指導部に入った。翌19968月、居住地区の土地使用権を求める行進でサンタクルスを出発、途中からCSUTCBなども参加し、CIDOBは、要求が実質的に認められた、として途中で行進を終了したが、他はラパスまでの行進を継続、当時議会審議を控えた農地改革法案への修正を目指したが、成果は得られなかった。これにモラレス氏が関与したかどうか、私は存じ上げない。彼はその翌年に行われた総選挙で、事実上はASPから立候補して上院議員に当選、得票数は最多だった由だ。ただ、1999年に同党を離れ、現在の「社会主義運動(MAS)」を結成、2002年の大統領選にはMASから出馬した(第二位)。

2000年、2002年にも行われたCIDOBによる4回の長距離行進は、その時々の政権に向けられたもの、と言えそうだ。先住民大統領のモラレス政権発足間もない200610月の第五回目の行進は、「土地無し労働者運動(MST-Bolivia)」が参加し、当時提出されていた新たな農地改革法案の議会通過まで、ラパスの議事堂前の広場でテントを張った。MASの議席が過半数割れの議会への圧力を掛けることが目的だったと思われる。20077月の第六回目も、先住民専住領域の保護やその自治及び領域内天然資源への裁量権を、新憲法に組み入れることを制憲議会に訴えるもので、且つ10日間で行進は取り止めている。だから、向け先がモラレス政権、とはちょっと言い難い。 

だが、新憲法下の彼の政権発足から半年経った20107月の第七回目では、先住民専住領域の法的認定、同領域内の開発プロジェクト賛否への住民決議権(Consultación)、領域内資源に対する自治権確保、土地の先住民共同体への返還、及び既定コンセッション無効化、議会への先住民議席増、政府に先住民当局設置、などを要求した。幾つかは、先住民権を国益に優先させる内容だった。そして今回の行進は、南米横断という国際高速道路の、ボリビア持ち分の既定ルート建設を、着工直前のタイミングで、且つ、事実上住民決議の如何に拘わらず取り止めを強要する、物凄いものだ。彼らは、TIPNIS通過を認めないだけで、高速道路建設自体には反対しない、ボリビア経済の振興について政府と争う意図は無い、と言うが、住民決議さえ無視する、且つ、モラレス政権にとり極めて重要な司法選挙を、結果的に潰しかねないタイミングを選んでの行進だ。 

総人口の過半数が先住民なら、ボリビアを「ラテンアメリカ」の一国と言うのは適当ではないのかも知れない。やはりThe World FactBookによると、この国の識字率は86.7%で、南米では最低の水準だ。先住民のスペイン語国民としての同化が、その分遅れていることを示す。先住民自身が自らの社会、文化を守ろうとする意識が強いことが最大の理由だろう。勿論、国民の貧しさが就学率を低くしていることもある。だが、先住民意識が高いことは、先住民が大統領となるだけでなく、権利確保のための行動にも表れている。

|

« 廃止されたキューバ砂糖産業省 | トップページ | ペレス元ベネズエラ大統領の最後に思う »

南米」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。