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2011年10月17日 (月)

米国の対コロンビア、パナマFTA

1012日、米議会が上、下院とも韓国、コロンビア、パナマとの自由貿易協定を承認した。これまで米国がFTAを確定してきた17ヵ国、ラテンアメリカではメキシコ(NAFTA1993年)、チリ(2003年)、中米5ヵ国プラスドミニカ共和国(CAFTA-DR2005年)、ペルー(2007年)の9ヵ国に続くものだ。これで20ヵ国となった。 

米国のFTAは、1984年発効の対イスラエルに続くFTA94年(発効ベース、以下、同)のNAFTA(メキシコ及びカナダ)まで、且つ二十世紀中にはこの3ヵ国だけだった。NAFTA発効後、クリントン民主党政権が米州全域の経済統合を念頭に米州サミットを招集した。199412月のことだ。ここで打ち出したのが「米州自由貿易圏(FTAA)」であり、2005年までの成立を目指していた。だがFTAA交渉は遅々として進まず、その内にアジア、ロシア通貨危機がラテンアメリカにも伝播し、特にメルコスル諸国へのダメージが大きかった。

2001年、米国はブッシュ共和党政権に代わった。FTA推進が加速した。同政権下で議会承認に至ったのは14ヵ国だが、内4ヵ国が中東、8ヵ国がラテンアメリカで「中米・ドミニカ共和国自由貿易協定(CAFTA-DR)」の6ヵ国を含む。何となく、米国流の相手先選定基準が見えるようだ。同年、先ずヨルダンが4番目のFTA国になる。同年の第三回米州サミットで、FTAA成立方針は再確認された。だが03年、ブラジルにルラ政権が、アルゼンチンにキルチネル政権が発足する。米国への対抗意識が強烈な両政権は、明かに反米の、既に発足から5年経っていたチャベス・ベネズエラ政権ともども、反FTAAの立場だ。同年、シンガポールと共に、チリと、ラテンアメリカでは最初の二国間FTAを締結した。04年、米国のFTA相手国にオーストラリアが加わったところで、ペルー、エクアドル、コロンビアとのFTA交渉に入った。中米5ヵ国(パナマはタックスへヴンの制度が障害となり除かれた)とドミニカ共和国とのCAFTA-DR調印も、この年に行われている。

FTAA成立期限と定めていた2005年が過ぎ去り、翌06年、モロッコ、バーレーン、オマーンとのFTA発効の年に、米議会は対ペルー承認、コロンビアとは協定調印が成った。翌07年、パナマ及び韓国とも調印した。 

自由貿易協定は国際条約として扱われる。いずれもお互いの国で議会承認、つまり批准を要する。米国は対中東諸国、シンガポール、オーストラリア、チリ及びNAFTAの計10ヵ国については協定締結から議会承認までにかけた時間は概ね半年程度だった。CAFTA-DRは1年内外、ペルーが1年半だった。これでも随分長い。ところが韓国とパナマには4年間、コロンビアに至っては5年間もかかった。なお、エクアドルとは、コレア政権誕生で交渉自体が破談となる。

工業国の韓国が遅れた理由は分かり易い。農業産品を売れる、とはいえ、日本と比べて市場性はより低い。牛肉のBSE問題で、日本同様、国民に対米農産物開国にブレーキも掛っていた。それよりも、労働条件が違い、自国品ともろにぶつかる自動車や電機製品価格が公平性に欠ける、との米側の思い込みだ。輸出市場拡大の思惑が歴然としている資源国の中東やチリなどとは違う。歴史的に米国産業が圧倒的なプレゼンスを享受してきたカナダやメキシコとも違う。ブッシュ政権下でも後半は労組を支持基盤とする民主党が、議会多数派を占めていた。2009年に交代した民主党のオバマ政権が始めからFTAに積極的に出られる筈も無かった。パナマの場合は、タックスヘイヴンの実態に関する情報が分かりにくかったこともある。そもそもCAFTA-DRからも外れている。同国とは税制面での情報開示を義務付ける協定を別途締結することで解決を見た。 

コロンビアの場合、メディアは左派系労組幹部数十人が民兵組織(パラミリタリー)によって暗殺されたことを民主党のFTA締結反対の理由として伝えてきた。行政・司法両面での労働者保護の措置を講じるよう、米政府としてコロンビア側に要求し、その結果が議会承認に繋がったのは事実だろう。だが、パラミリタリー全国組織(AUC)が2002年にウリベ政権が誕生して、和平プロセスに入り武装放棄を進めていた。だから04年、FTA交渉を開始し06年に協定調印に漕ぎ着けていた筈だ。07年にはパラミリタリーの武装蜂起も完了した、と言われる。だから、これだけでは民主党の反対理由が分かり難い。

コロンビアはラテンアメリカ最大の親米国、と言えるが、米国が同国を見る目は複雑だ。麻薬とゲリラの怖い国、という意識は、米国人一般にも強い。こんな国とのFTAには抵抗がある、というのが正直なところではないだろうか。ウリベ政権の8年間で、暴力は著しく減った。麻薬組織による暴力の犠牲者数はメキシコや中米数カ国どころではなく、一般犯罪を含む犠牲者発生率も、今や中米数カ国を下回る。麻薬の基となるコカ栽培量は、ペルーを下回る。いずれもFTA相手国だ。米国の要求に応じ、パラミリタリー幹部を含む麻薬犯罪容疑者の多くが米国に引き渡された。プラン・コロンビアの一環で米軍顧問団を受け容れ、2009年には麻薬密輸の監視を目的にエクアドルにいた米軍の、コロンビア7基地への移駐も受け容れた。代償として、隣国ベネズエラと関係が一触即発のところまで悪化した。米国の態度に、本当によく耐えたもの、と感心する。 

ラテンアメリカ十九ヵ国側からすれば、11もの国が対米FTAを持つ状態だ。内メキシコは域内第二位の経済大国だ。残るのは左派政権下の4ヵ国と米国への対抗意識の強いメルコスル原加盟4ヵ国のみとなるが、域内第一位及び第三位の経済大国を含む。何となく真正面から向き合った構図にも見える。

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