与党大統領候補無き総選挙-グァテマラ
サンドラ・トーレス氏の大統領選立候補は、結局、8月9日の憲法裁判所において満場一致で否決された。候補者締め切り日が7月12日で、国民希望同盟(UNE)と国民大連合(GANA)の連合から成る与党陣営からは、大統領選には誰も出られないことが確定した。与党陣営から大統領選に誰も出馬しない例は、グァテマラでは初めてだが、今年のペルーにある。与党アプラ党がアラオス前財務相を指名したのに、彼女自身が自らの判断で早々と立候補を見送った。だが、民主主義体制下で、立候補受付期限を過ぎて当局に却下されたケースは、私は寡聞ながら知らない。
このブログでhttp://okifumi.cocolog-wbs.com/blog/2011/07/post-d510.htmlで紹介したが、6月28日、彼女はグァテマラ選挙管理当局(TSE。直訳すれば、選挙最高法廷)から登録拒否された。4月8日にコロム大統領と離婚したのは、憲法規定の抵触を回避するためで、不正行為に当たる、とした。最高裁判所に上訴したが、7月30日、離婚しても大統領との関係は続いている、との理由で却下された。残る唯一の可能性は憲法裁判所の判断だった。
トーレス氏は、一連の当局の裁定は、特定候補に利する決定であり、自分に対する政治的リンチ行為で承服できないが尊重すると述べ、コロム大統領も、深い考察の結果であることを信じ、司法決定は大統領として尊重する、と述べた。
彼女の言う特定候補が愛国党(PP)のペレスモリーナを指すことは言うまでも無い。4月の世論調査では、有権者の42%が彼に投票する、と答えていた。これが5月には37%へ、8月早々は34%へ下がり、第二位に就けていたトーレス氏との差が20ポイントを切るようになった。51%以下の得票の場合、第二位との差が20%以下だと、11月4日の決選投票に持ち込まれる。彼女以外の候補者には、元々UNEにいたが現在「自由民主会派(LIDER)」に属するバルディソン議員(40歳)、「公約・確信・秩序(CREO)」という新党を立ち上げた学者で2003年選挙の大統領候補、スヘル氏(72歳)らがいる。いずれも支持率は一桁に過ぎず、常識的にペレスモリーナ氏の敵ではあるまい。ノーベル平和賞受賞者のメンチュウ氏もいるが、支持率は1%台で恐ろしく低い。
彼女の戦略は、議会と地方政治における勢力増強により、コロム政権が行ってきた社会計画の継続に注力に変わった。2008年4月に開始された「ミ・ファミリア・プログレサ」という条件付き支援金制度(英文略語でCCTという)がある。大統領夫人だったトーレス氏が立法化に奔走したことが知られる。
CCT自体は一定の条件下にある家族を対象に、現金給付を行うものだ。国際的にもメキシコが1997年に初めて導入した制度で、世銀によれば、今やラテンアメリカ、アジア、アフリカの26ヵ国に広まった。ラテンアメリカでは13ヵ国で導入され、有名なのは、ブラジルのルラ政権下で2003年に始まった「ボルサ・ファミリア」だ。受益者は1千万世帯に上る。メキシコの「オポルトゥニダーデス」も5百万世帯なので、人口比では同水準と言えよう。グァテマラは25万世帯が目標、と言うから、人口比ベースで上記2ヵ国の3分の1の規模で、概ねチリ(2002年導入)並みだ。中米では、ホンジュラス(同、1998年)よりも少なく、エルサルバドル(同、2005年)よりも多い。
この国の人口の半分以上が貧困層とされ、5歳以下の幼児100万人が栄養失調で苦しむ。人口の40%を占める先住民に対する医療、教育、住居の基礎的公共サービスは、遅れたままだ。大統領への道を閉ざされたトーレス氏としては、「ミ・ファミリア・プログレサ」の拡充を、議会や地方を通じて迫って行きたい。ただ、ペレスモリーナ政権に移ったとしても制度そのものは続こう。チリ(同、2002年)は中道左派政権時代に導入したが、右派のピニェダ政権下でも継続されている。
ペレスモリーナ氏は、犯罪者取り締まりへの強硬姿勢(Mano dura=硬い手)を約束する。グァテマラの10万人当たり殺人発生率は48人、コロンビア(35人)よりも高い。同国では、ウリベ前政権の8年間で66人からほぼ半減した。ウリベ前大統領はFARCに父親を殺害されたこともあり、暴力には強硬姿勢で取り組んだ。家族、友人を殺害されたペレスモリーナ氏も、暴力を憎むこと、ウリベ氏と変わるまい。グァテマラ国民も彼のMano duraに期待するところ、大であろう。だが、今やメキシコ経由で米国を目指すコカインの重要拠点になり果てたグァテマラの犯罪の、実に42%が麻薬がらみ、と言う(コロム大統領)。麻薬犯罪にメキシコのカルデロン政権のように強硬姿勢で応じると、凶悪犯罪が却って増える恐れもある。麻薬犯罪対策は、中米全体で取り組み、且つコロンビアとメキシコの協力が不可欠だ。
軍人出身で、政治活動に入るために退役し、政党を作り、大統領になれば、ベネズエラ、ペルーに続く3人目となる。ゲリラ出身を含めると6人目だ。ところがグァテマラ国軍は内戦時代に先住民に対する人権侵害に関与したことが広く知られている。彼自身は、その内戦時代を通じ軍の将校を務めていた。とりわけ最近は具体的な事件を基に、関与を指摘し非難する反対派勢力の動きも見られる。
かかる状況下、今こそ常識で考えられない状況変化が、選挙までの1ヵ月間に起こるのだろうか。
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