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2011年7月30日 (土)

ウマラの門出と南米首脳の姿

728日は、チリを解放してペルーに転戦したサンマルティン(1778-1850)が、護国卿(Protector)の立場でペルーの独立を宣言した日で、ボリーバル(1787-1830)の副官スクレ(1795-1830)がアヤクチョの戦いで実際に解放した1824129日(以上、私のホームページの「ラ米の独立革命」独立革命の再開及び独立の完成参照)ではなく、この日をペルーは独立記念日としている。それから124年経ち、ブスタマンテ(1895-1984)がこの日に大統領に就任した。3年後オドリーア将軍(1897-1974)のクーデターで追放されたが、そのオドリーアも、選挙の中身はともかく大統領に選出され、やはりこの日に就任、軍政など特殊事情が無い限り、その後も民選大統領の就任式はこの日に行われる。

独立宣言のその190周年記念日に当たる728日、ウマラ大統領が誕生した。軍人出身で思想的に左派傾向の強いことから、ベネズエラのチャベス大統領との近似性が指摘される。だが2006年選挙の敗因が彼との親密性にあったことから彼と距離を置く。就任宣言でも最低賃金引き上げや貧困層への年金拡充、金属国際相場で儲けた鉱山会社の特別利益の財源化、を除くと、格差是正、貧困撲滅にエネルギーを注ぐと言う割に、左派的な政策に乏しい。民間投資歓迎、対外契約の保証は、経済政策の維持を意味する。

ただ1979年憲法の精神を尊重する、と言明した。現行憲法はあくまで1993年のものだ。それを言うなら「1993年憲法の精神に則り」、が当然だろう。1990から2000年まで(反フジモリ勢力の言う)独裁を行ったフジモリ元大統領により破棄された1979年憲法、新たに制定した現行憲法、という史実をクローズアップさせる象徴的意味合いが有るのだそうで、早速フジモリ派勢力からの激しい抗議を呼んでいる。もう一つ尋常でないのがガルシア前大統領の欠席だ。罵りの攻撃に晒されることを嫌った由である。低い国民支持率にあえいだ彼は在任中、ペルーに南米でも最高水準の経済成長をもたらし、貧困率は何と5割近くだったものを3割にまで下げた。胸を張って、議会での通常の退任スピーチをこなし、就任式に臨んで良かったろうに、と思わずにいられない。 

ウマラ氏は就任前には69日のブラジルを皮切りに、南米9カ国(715日のベネズエラを除き、全て6月中に)を、妻と共に歴訪、南米諸国連合(Unasur)との顔つなぎは、ガイアナ、スリナムを除き終わっていた。Unasur重視、地域統合推進は、ウマラ氏の基本的外交方針だ。ことこれに関しては、彼はチャベス氏と意見を同じくする。ただ、Unasurと言えば寧ろルラ・前ブラジル大統領と、故キルチネル・前アルゼンチン大統領だ。ベネズエラ訪問が繰り延べされたのはあくまでチャベス氏の癌手術後の都合によるもので、彼が避けたわけではない。漸く実現したチャベス氏との会談時、彼から君呼ばわり(tutear)され、同志(compañero)とか兄弟(hermano)とか呼ばれながら、ウマラ氏は彼をあなた(usted)として礼儀を守った。718日にメキシコを訪問、19日には、丁度化学療法を受けるとかでチャベス氏が滞在していたキューバも訪れた。敢えて面会はせず、電話挨拶で済ませている。一方のチャベス氏は、ウマラ就任には手放しの喜びようで、ツイッターを通じて、「オリャンタ大統領万歳、英雄的ペルー人民のために万歳、Unasur万歳、ペルー万歳」と発信している。 

ウマラ大統領就任式には、療養で出られないルゴ・パラグアイ及びチャベス両大統領を除く南米の全首脳が出席した。このところ健康問題も絡んで外遊を控えていたフェルナンデス・アルゼンチン大統領も同様だ。この機会にUnasur特別サミットが開かれ、域内の民主主義深化と統合の加速化を約束するリマ宣言を採択、2012年の通常サミットの場所をリマとする旨を取り決めた。誘く昨今の米国の債務上限問題やギリシアの債務救済に端を発したEU加盟国債務危機への対応を話し合い、8月中旬ブエノスアイレスで大蔵・財務相会議を開催、その前にリマでの予備会議を持つ旨申し合わせ、8月早々のサントス・コロンビア大統領のメキシコ訪問を機に、ブエノスアイレス会議への同国の参加を呼び掛けることになった。ドル安は、ラテンアメリカでも輸出ブレーキを呼び経済成長を妨げ、さらに投機資金が流れ込み、7,000億㌦もの外貨準備を目減りさせる。

フェルナンデス大統領はこの後、29日にルセフ・ブラジル大統領に同行する形で、ルセフ政権発足後、初めてブラジリアを訪問、首脳会議では世界レベルでの経済危機に対する協力推進など申し合わせた。この機会にルラ前大統領を新装成った大使館に招き夫の時代に始まった旧交を温めた。早速、10月の大統領選に向けた動き、との見方が出始めている。最近行われた一連の地方選挙では、彼女の反対勢力が優勢だ。健康問題で大人しくしていたら、再選戦略が狂ってしまう。それを言っているようだ。

  欠席したチャベス氏は、23日にキューバから既に帰国していた。キューバではどうも精密検査を受け、その結果癌転移も認められず、暫く化学療法を受けただけのようだ。滞在中の19日、上記のウマラ氏との電話会談、21日、コレア・エクアドル大統領の見舞いを受け、翌日には「化学療法第一段階終了」を自ら発表していた。27日が57歳の誕生日だが、この日、自分は2031年(つまり77歳になる)まで政権の座を守る、と述べた。同じく、ルゴ・パラグアイ大統領は、外電によれば、現在癌再発の恐れが出て来て、前に入院したサンパウロの病院で再び治療中、とのことだ。その彼は否定するが、パラグアイでも彼の任期満了前に憲法を改正し、彼の再選を可能にする動きも出ているようだ。

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