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2011年6月15日 (水)

チャベス大統領の三ヵ国行脚

6月10日朝、チャベス・ベネズエラ大統領がハバナの病院でabsceso pélvicoの手術を受けた。日本語では骨盤膿瘍、と訳される。黴菌による炎症で傷口が化膿したものだそうで、同行したマドゥーロ外相によれば、6日からのブラジル、エクアドル、キューバ三ヵ国訪問中、腹部の不快が昂じ、ハバナでピークに達し医師の検査を受けたところ、緊急手術が必要と診断された、という。12日、チャベス大統領自らが手術成功、その後の各種検査でも異常無く、経過良好をテレビ局への電話を通じ公表した。ただ、帰国日程については明らかにしていない。野党は大統領不在期間が長くなれば憲政上その代行を置く必要がある、とするが、与党過半数の議会は、医師団が必要と認める期間のキューバ滞在を了承、代行は不要、との決定を下した。

66日、最初の訪問国ブラジルでは、ルセフ大統領と就任式以来の首脳会談となった。直前にルラ・ブラジル前大統領のカラカス訪問を受けていた。ルセフ大統領は、ルラ政権時代よりの両国間戦略的協調関係を引き継ぐ旨を述べ、両国間投融資及び貿易促進への協力をうたった。ベネズエラで計画している2017年まで200万戸の住宅建設の一環で、ブラジルのゼネコン、オデブレヒト社が進める建設計画への40億㌦の信用供与、ブラジル北東部の石油精製所建設に際してのPDVSAの参画、などがある。チャベス氏はEmbraer社製の旅客機820機の調達を表明する。また、ラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)創設への全面協力をも述べる。さらに、ルラ時代同様、3ヵ月ごとの両国首脳会談開催を確認、75日にCELACのサミットが75日にカラカスで開催されるが、ルセフ大統領はこれへの出席を約束した。

7日、キトに入り、そこから東南350キロ離れた保養地でのコレア大統領との首脳会談に臨んだ。9回目、とされる。チャベス、コレア両氏は出自も学歴もまるで異なるが、二十一世紀の社会主義を奉じる同志だ。だが、この二人は会うのは201012月以来、半年ぶりである。11日のルセフ・ブラジル大統領就任式にはコレア大統領が欠席した。米州ボリーバル同盟(ALBA)のサミット首脳会談は、2011年には開催されていない。両国間には防衛協力や日量30万バレルの生産能力を持つ「パシフィコ製油所」建設への協力などの懸案事項が存在する。前者では2010年秋口以降、部品供給が間に合わず使用不可の状態にある戦闘機のミラージュ5009年、ベネズエラがエクアドルに寄贈)、後者では総コスト125億㌦の内、両国政府が負担する35億㌦の他の調達問題もある。どのような首脳会談だったのか、どうもよく伝わって来ない。

そしてその翌8日、ハバナに入った。201011月以来だ。目的は、両国間協力案件についての協議のため、と公表された。事実、日量15万バレルのマタンサス製油所建設や、完成間近の海底通信ケーブル敷設のキューバでのプロジェクトや、キューバ独自技術による薬品工場のベネズエラでの建設プロジェクトなどがよく語られる。キューバにとりベネズエラは、日量10万バレルの原油を供給し、3万人の医療関係者を含む4万人の協力スタッフを受け入れる重要なパートナーだ。空港で直接出迎えたラウル・カストロ議長との公的首脳会談をこなし、恩師と仰ぐフィデル前議長とも会っている。

実は、彼のブラジル、エクアドル訪問は元々5月に予定されていたが、左足の膝の古傷が痛むとの理由で延期した。3月にはアルゼンチン、ウルグアイ及びボリビアを訪問していたし、ラテンアメリカを二分した難問とされるホンジュラス問題で49日、コロンビアのカルタヘナへ飛び、サントス・コロンビア大統領と共に解決の仲介を行った。この人は実によく動く。その人が過去一ヵ月間、目立った動きをしなかった。65日からのサンサルバドルOAS総会がホンジュラス資格停止処分を解いたが、彼らの仲介の賜物である。だが、何時も目立つこの人が、大人しくしていた。また、何時も歩行には杖をついていた。このためベネズエラ国内では色々な憶測を招いたようだ。そして、ハバナでの手術、その後暫く滞在、である。議会が、国家最高指導者としての職責遂行上、問題無し、との判断を早々と行った。重要な国政事項は、期限も付けずに在ハバナのチャベス大統領が決断しても良い、という訳だ。聊か釈然としない。暫く注視しよう。

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