「太平洋協定」の4ヵ国
4月28日、ガルシア・ペルー大統領がリマにカルデロン・メキシコ、サントス・コロンビア及びピニェラ・チリ各大統領を迎え、太平洋協定を締結した。国際市場、とりわけアジアへの共通戦略を立て得る開放経済国家間の統合を図る、というものだ。これを一統合体とした場合、CIAのWorld FactBookの2010年見通しでは購買力平価ベースGDPは2兆5千億㌦で、メルコスル原加盟国合計の2兆9千億㌦に比べ、決して遜色無い。協定では、「商品、サービス、資本及び国民の自由な動きへの確固たる約束を伴う太平洋同盟」と位置付けられた。ピニェラ大統領などは、エネルギーを含む天然資源の統合までも見据えたものにする、と、意欲満々だ。
4ヵ国の内、メキシコとペルーは夫々1535年と1544年に副王府が置かれた地(私のホームページ中の「ラ米略史」の植民地時代参照)で、宗主国スペインに世界最強国としての黄金時代を築く大量の銀を供給した。前者はアステカ王国、後者はインカ帝国という文明国家をスペイン人が滅ぼし、先住民をヨーロッパ社会文化(宗教を含む)型で支配した。現在、先住民は前者が全人口の三割(3千万人)、後者は半数近く(1千万人)で、全ラテンアメリカの約三分の二が集中する。彼らは独自の言語や生活習慣を持ち、その分「ラテン」アメリカ社会への統合度は低くなる。この両国の政治文化は、随分と違う。
メキシコは政党制度がほぼ確立している。現在の三大政党のイデオロギーも概ね明確だ。ただ制度的革命党(PRI)が71年間もの長期に及ぶ政権を担ってきた点は、多党制民主主義を採る国としては世界的にも極めて異例だ。任期6年の大統領は、必ず既成政党から選挙に出馬せねばならず、且つ一期しか務められない。1934年よりこの方、任期を全うしなかった大統領は、一人もいない。これも異例だ。任期3年の下院、6年の上院のいずれの議員も連続再選が禁じられる。この4月下旬に上院において、漸く大統領選への無所属候補の参加と議員の連続再選を認める法案が可決され、下院審議に回されたところだ。
ペルーは、大統領候補者自身が選挙母体として立ち上げる独自の政党が大半で、現ガルシア大統領のアプラ党は例外的存在だ。決選投票に進む際に連立、或いは政策提携が必要になることから、イデオロギー性は希薄(但し、今回選挙で決選投票に進んだウマラ候補は左派傾向が強い)で、そのため、政党、議員の離合集散も多くみられる。なお4ヵ国で唯一、議会が一院制を採る。任期5年の大統領には非連続なら再選は認められる。
コロンビアも植民地時代に副王府が置かれた地だが、1739年、ペルー副王領からの分離の形だった。ここは産金地で知られた。先住民は首長制こそ採っていたが文明度は低く、ヨーロッパ人による酷使や病災、或いは混血化により純粋な先住民は殆ど消滅した。代わりにアフリカ人奴隷がもたらされ、白人との混血、ムラートも多い。独立後間も無く創設された自由、保守二大政党が、2002年まで政権を担った。現与党の連合党は、いわばウリベ新党だが、ペルーと異なり伝統政党は今なお健在だ。選挙制度上は、他3ヵ国のような総選挙ではなく、ラテンアメリカ全体でも珍しく大統領選の前に議会選挙が行われる。他3ヵ国と異なり、任期4年の大統領には一度だけ連続再選が認められる。米国との自由貿易協定が発効していないのも、またアジア太平洋経済協力会議(APEC)非加盟なのも、他3ヵ国と異なる。
残るチリには、植民地時代にペルー副王の管掌下で軍務総監が配備された。独立革命の成立は、1818年2月、と、4ヵ国の内、最も早かった。勇猛で知られる先住民は、支配するよりも南部やアンデス東麓に追放し、ヨーロッパ人国家(国民には先住民との混血も以外に多い)としての統合も早かった。1892年から1925年まで、「議会共和国」と言われる立法府優位時代を経験し、小党乱立が歴史的政治文化とも言える。ラテンアメリカで最も民主主義が根付いた国だ。ピノチェト軍政で独裁国家というイメージをお持ちの方もおられようが、敢えて申し上げたい。現与党は軍政末期に創設されたが、前与党は概ね伝統政党の連合だった。大統領の連続再選が禁じられるのはペルーと同じだが、任期は4年、と短い。2010年の政権交代は、中道左派から右派へのダイナミックなものだが、これを国民が受け容れる。
一人当たりGDPは、CIAの購買力平価ベースで、チリはラテンアメリカ19ヵ国中第一位、メキシコ第六位、コロンビア第九位、ペルー第十一位の位置にある。こうして見ると、開放経済政策という共通項を外すと、いかにも個性の強い国ばかりだ。調印式にはオブザーバーとしルース・パナマ運河庁長官(閣僚)も参加した。将来的には同国を含む中米六ヵ国及びエクアドルの参加を見込む。要するに、太平洋に面するラテンアメリカ11ヵ国全ての参加だ。だが、本協定自体はALBA(米州ボリーバル同盟)への対抗、という見方もあり、エクアドルとニカラグアの参加の難しさも指摘される。