新たな大統領授権法-ベネズエラ
12月17日、ベネズエラ議会は、チャベス・ベネズエラ大統領が12月10日に申請した大統領授権法を、しかも申請(1年間)よりも長い1年半の期限で可決した。Habilitantesと呼ばれる。大統領に議会承認を経ずに大統領令の形で法律制定の権限を付与(habilitar)するものだ。共産党独裁下の政令や軍事政権下の軍政令を想起してしまう。かかる授権法は、他のラテンアメリカ諸国ではキューバを除き、見当たらない。その議会は、反対派が2005年12月の議会選挙をボイコットする愚策を採ったことから、165議席中20名ほどを除き、与党ないしは親与党だ。
今回は彼自身にとり4回目、と言われる。よく知られるのは彼が新憲法下の第一次、事実上第二次政権を発足させた3ヵ月後の2000年11月(前にこのブログで2001年11月、としましたが、訂正します)にスタートした、今回と同様、期限1年間の、第2回目の大統領授権法だ。土地改革(所有面積制限)、炭化水素(ロイヤルティ引き上げ)など49本の大統領令が出された。当時の議会勢力はチャベス与党が過半数を占めてはいたが、野党も健在だった。
議会無視の反民主的法、として、国民の反発が強まり、授権法の期限は過ぎていたが、2002年4月の一時的なチャベス失権、ゼネストの頻発を経て、2004年8月、大統領解任の国民投票が行われた。米州機構(OAS)及びカーターセンターからの監視団が見守る中で行われ否決、彼の立場は強化された、と見て良い。キューバとの石油と医療スタッフ交換を柱とする、いわゆる人民間通商協定を締結したのは、同年末のことで、これがALBA(米州ボリーバル代替構想。私のホームページ「ラテンアメリカリポート」のラ米の地域統合参照)に発展する。前後して、2003年1月にブラジルでルラ、同年5月にアルゼンチンでキルチネル、2005年3月、ウルグアイでタバレ・バスケス(ムヒカ現政権と同じ拡大戦線)と、南米に発足する政権が左傾化を見始める(同、ラ米の政権地図参照)。
今回の授権法申請は、38名の犠牲者を出し、被災者が13万人、国土の40%が被害を受けたものだ。インパクトが100億㌦(政府の試算)に及んだ大水害への対策、即ち被災住宅再建、被災道路復旧、農業支援、都市再建のための関連法令の緊急性を主張する。一つが売上税(IVA)引き上げで、1%引き上げれば税収は50億ボリーバル(約11.6億㌦)増える、と見積もられる。昨年9%から12%に引き上げたばかりだ。不況下の引き上げには、反政府勢力のみならず経済界に評判が悪い。それ以前に、大水害対策については大統領には既に十分な資金的権限が有る筈で、授権法が必要とは考えられず、無関係な分野で1月以降の新議会では通り難い法令を通すための措置、と見る向きも多い。事実、授権法対象はインフラや金融面に限らず、保安、国防、対外協力分野にも及ぶ。
2012年には大統領選挙が控える。翌2011年1月5日に、本年9月の総選挙で選出された議員による新議会が発足する。新議会では与党勢力が3分の2に僅かに足りない。重要法案は通り難くなる。チャベス大統領の最近の国民支持率はよく分からないが、隣国コロンビアのサントス大統領の76%などと比べれば、かなり低いと思われる。
残期が僅かなこの段階になって、現議会がラジオ・テレビへのライセンス規制や反国益情報への罰則強化、など報道の自由に抵触するような電波法改正法案や社会責任法案を可決、3分の2以上の賛成が必要な最高裁判事人事を承認した。そして授権法である。新議会スタート前の駆け込み、と見るのも頷けよう。反政府勢力は反民主的なもの、として激しく反発している。もともと強い軋轢がある反対派との関係は、一層緊張の度合いを高めよう。だが、彼らとの対決を国民の目に晒すことで支持率回復に繋げようとしてはいまいか。米国もクローリー国務省報道官が専制に繋がる、と批判した。チャベス大統領は米国の「内政干渉」への反発を見せ付け、国民の人気を得て来た。今回も早速、声高に反米非難を叫ぶ。よく口にするのが、2002年4月の一時的失権で、彼は米国の指示を受けたクーデターの未遂、と断定する。
彼に対する3回目と言われ、1年半もの期間をカバーした授権法が、2007年に付与された。この時は、議会が現在の勢力分布にあった。従って、今回の授権法が新議会発足前の駆け込み、とばかりは言い難い。どうも2012年大統領選を見据えているように思える。2007年授権法は国家警察の組織改正、石油部門の民間会社や通信・電力会社への国家介入、予備役や退役軍人に対する緊急事態の際の動員法制化、など計67本もの大統領令を出した。
チャベス大統領が授権法申請を議会に送った12月14日、コレア・エクアドル大統領がカラカスを訪問し、彼に直接、支援物資提供を申し出、共に被災地を視察した。一週間前にも食糧などの緊急支援を行っている。また、コレア大統領は翌15日には、ベネズエラ共々大水害に襲われた隣国コロンビアを訪問、カリでサントス大統領と合流し共に被災地に飛んだ。ここでも支援物資を渡している。コロンビアではベネズエラよりも多い約280人の死者と200万人もの被災者を出した。被害額は52億㌦と言われる。この対策に授権法、という発想は、無い。なおこの機会に両国とも相互に派遣する大使の信任状を受領し、約2年10ヵ月ぶりに、外交関係を全面的に復活した。
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