ルセフ次期大統領決定-ブラジル
10月31日に行われたブラジル大統領選挙の決選投票で、予想通り労働者党(PT)のジルマ・ルセフ前大統領府長官が、社会民主党(PSDM)のジョゼ・セラ前サンパウロ州知事を下した。得票率は55.6%、約11ポイント差だった。国民支持率80%超、というルラ大統領の勢力的な応援を得たこの結果にしては、低い、とも言えようが、彼女自身、選挙の洗礼をこれまで受けたことが無く、政治家としてプロ中のプロであるセラ氏への挑戦結果、と見れば、大変なことだろう。ルラ大統領にしてみれば、言われるように2014年に再登場を狙っているとすると、ルラ路線が途切れることなく続くのが有り難い。
このニュースを伝えるAPの見出しは、「元ゲリラがブラジル初代女性大統領へ」だ。「軍政時代に拷問を受け収監された元マルキスト・ゲリラが、経済・政治両面で成長の真っ最中にあるラテンアメリカ最大の国の大統領に」と書き出し、19歳の大学生で始めた反軍政活動のことなどを、ルセフ自身が暴力行為に及んだ事実は無く、暴力を理由に軍政に起訴された事実も無い、と語っていることを含めて紹介している。リオグランデドスル州のエネルギー長官としての実績によりルラ第一次政権の閣僚として招かれ、ここでもエネルギー相を務めた。第二次政権では大統領府長官に抜擢された。彼女の行政手腕はぶれず、強い信念に貫かれ、健康面では癌治療を乗り越えた意志の強さも手伝い、「鉄の女」の異名も取る。ルラの傀儡ではなく、闘士としての経歴と貧困撲滅への強い意志を評価し、彼女に投票した人も多いようだ。
AFPも見出しはAPと全く同じだが、かかる見出しは付けないロイター電同様、彼女への投票がルラ路線継承を望む国民の声、という点を強調する。実際には野党のセラ候補すら彼の政治の多くを引き継ぐ、と述べていた。何しろ彼の政権下の経済成長は、特にリーマンショック以後不況に苦しむ欧米先進諸国を余所に、目覚ましい。貧困層の減少も、遅れた北部地方の電化を含むインフラ整備も、相当に進んだ。ルラの国際的プレゼンスは眩いほどで、ブラジル人には誇らしい。ではルラ大統領は今後4年間、院政を敷くのか、と言えば本人も彼の閣僚たちも否定する。
10月3日の総選挙では、彼女のPTは下院513議席中、88議席、一応第一党になった。前回からPTと連立を組んでいるブラジル民主運動党(PMDB)は、今回5増のPTに対して10減の79議席、二党合わせると5減の167議席、全体の3分の1である。合計81議席の上院は、第一党のPMDBが20議席でPTはこれに次ぐ15だ。合計で9増の35議席、全体の42%となる。彼女と組む政党で中道右派に属するのは共和党(PR)で、中道と位置付けられるのが社会キリスト教党(PSC)だ。左派にはPTに加えブラジル社会党(PSD)、民主労働党(PTD)、ブラジル共産党(PCdoB)などもあり、与党総議席の下院311議席、上院50議席の半分を占める。
PMDBは、ブラジル軍政時代の公認野党、「ブラジル民主運動PMD」の流れを引き、民政移管後1990年3月まで政権を担った。印象的には中道右派で、2002年選挙では左派系のルラ阻止を狙い、もともとPMDBから独立した当時の与党、PSDBと選挙協力し、セラ氏を支持した。だが実際には党内は右派から左派までイデオロギー面では大変に広い。だから左派系連立にも抵抗なく加われたのだろう。
かかる議席配分をみると、仮にセラ候補が勝利すれば政権運営に大きな支障をきたすところだった。彼のPSDBの獲得議席数は下院53、上院11で、前回選挙より夫々12、3減った。中道右派で議会第四党の民主党(DEM)と労働党(PTB。PTとは別の伝統政党)など連合を組む相手を含めても、下院で136議席、上院では25議席にしかならない。それでもセラ氏の得票率は44.4%、第一次選挙の33%から11ポイントもの上積みだ。議会勢力から見れば、その健闘ぶりが光る。
ルセフ新政権は、2011年1月1日にスタートする。これで女性大統領は、ラテンアメリカ19ヵ国で、フェルナンデス(アルゼンチン)とチンチーヤ(コスタリカ)と並び3人となる。肩にかかる重さは、彼女らの比ではなかろう。今後、ルラ政権下のような成長が期待できない国際経済環境にあり、常に前任者と比較される現職大統領としては財政政策のかじ取りは容易ではない。今こそ官僚組織肥大化を抑え、税制を改革し、財政面では戦略分野への予算配分を強め行政の効率化を進める、カリスマ性の強い大統領にすら難しい課題に取り組まねばならない。国際資金は通貨レアルの異常とも言える高騰を招いた。取り敢えずはルラ大統領が出席するG20の枠組みの中で解決せねばならないが、一朝一夕とはいかない。前世紀末のブラジル金融危機は、まだ記憶に新しい。その中で確実に行われる2014年のワールドカップ、及び2016年のオリンピック関連インフラ投資が待ったなしだ。
| 固定リンク
「南米」カテゴリの記事
- リコールと対話と-ベネズエラ(2016.06.27)
- コロンビア政府・FARC間停戦協定調印(2016.06.25)
- ケイコの敗北-ペルー大統領選決戦投票(2016.06.10)
- ルセフ大統領職務停止-ブラジル(2016.05.15)
- アルゼンチン債務問題の決着(2016.04.29)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント