ニカラグア・コスタリカ紛争
The World FactBookによる2008年のGDPで言えば、304億㌦対66億㌦、購買力平価では一人当たり11,600㌦対2,900㌦。識字率が94.9%対67.5%、平均寿命が77.6歳対66.9歳。中米の隣国同士、コスタリカ(前者)とニカラグア(後者)の数値比較を見ると、両国の経済力及び社会水準の差は歴然としている。前者は域内先進国で国際的には新興国の扱いだろう。後者は域内最貧国で、同様に、途上国扱いだ。もともと1823年にメキシコから分離独立した中米諸州連合を構成する州同士だが、前者は1882年以来の民主国家(2年半のティノコ独裁期を除く)であり、後者はその間、セラヤ独裁(1893-1909)、事実上の米軍統治(1912-25、1926-33)、ソモサ家支配(1936-79)を経験した。前者は1949年に常備軍廃止の平和憲法を持ち、後者は軍を背景とした強権支配の歴史を持つ。だから、軍事力では、後者の方が勝っている。
この二ヵ国は中米諸州連合時代、州境をサンフアン川に定めた。ニカラグア湖を水源としカリブ海に注ぐ航行河川だ。1858年のカーニャス・へレス条約で、これを正式な国境線とした。川はニカラグアが領有するがコスタリカは自由航行権を認めたものだ。諸州連合解体から20年を経ていた。ただ河口は広い。また川は枝分かれもしている。面積151平方キロ、というから相当広いが、河口に湿原と多様な生物の棲息地としても知られるカレロ島がある。サンフアン川、その支流たるコロラド川、及びカリブ海に面する。こちらの方は、コスタリカ領土に組み入れられている。だがニカラグアは、島に国境線が存在する、と主張、長く係争の元になってきた。
この10月8日、ニカラグア軍が河口付近から33キロに亘り、サンフアン川浚渫作戦を行った。麻薬輸送取締まりの一環、とした。浚渫土はカレロ島に持ち込んだ。当然上陸するが、ニカラグア領内であり問題はない、と主張する。コスタリカは、明らかな領土侵犯であり、且つ浚渫自体が重要環境保護地帯たる同島の生態系破壊をもたらす、として抗議した。これが、今回の領土紛争の発端で、10月22日には、軍隊を持たぬコスタリカだが、市民警察隊を国境地帯に増派した。また米州機構(OAS)に調停を申し入れ、インスルサ事務総長が乗り出し、紛争地区を視察した上で、両国間での対話と平和的解決を求め、且つ国境線にマーカーを設置し、軍と保安部隊の島からの撤収を提起、コスタリカは同調したが、ニカラグアがかかる押し付けには服従せず、として拒んできた。
11月12日、OAS常任理事会で、両国の係争地からの部隊撤収と紛争解決のための対話を求める決議が、出席27ヵ国に対し22ヵ国の賛成で決議された(反対はニカラグアとベネズエラ、またエクアドル、ガイアナ、ドミニカが棄権)。
11月13日、ニカラグアのオルテガ大統領は、OASには国境紛争に関わる権限が無く、この決議を陰謀、とまでこきおろし、OAS離脱さえ仄めかした。加えて、麻薬犯罪に苦しむメキシコ、コスタリカ、パナマ及びグァテマラがコスタリカの宣伝に乗り、同決議に賛成したのは、麻薬組織を勝利者に仕立ててしまっても良い、と言うことか、とまで述べた。これについては、国内反対派からは、主権防衛のための外交は配慮をもって行うべきであり、かかる名指しの挑発的な言動はマイナス、と批判している。一方で、大統領の弟、ウンベルト退役将軍は、15日、両国首脳間での対話による平和的解決を訴えた。ただ全体としては、司法、立法の最高責任者が大統領の対応を支持、学生が数千人規模で支持の為のデモ行進を繰り広げるなど、反コスタリカ、反OASで固まりつつあるようだ。
コスタリカのチンチーヤ大統領は、この決議は勝利を意味する、とした。だが一方で、アリアス前大統領が、国連ではなく先ずOASに持ち込んだ彼女の対応を批判する。ニカラグアがOAS決議を無視し続けるのを見て、18日、コスタリカ政府はハーグの国際司法裁判所に提訴した。他方、OASは同日、本件協議のため12月7日の緊急外相会議を招集した。それまでには、11月27日の南米諸国連合(Unasur)と12月3,4日のイベロアメリカの両サミットが控える。
ニカラグアはコロンビアに対しても、カリブ海のサンアンドレス諸島領有権問題を抱える。1928年のエスゲラ・バルセナス条約でコロンビア帰属を認めたが、1980年のニカラグア革命政府が、米軍統治時代に結ばれた同条約は無効、と主張、2001年、当時のアレマン政権下でハーグの国際司法裁判所に持ち込んだ。同裁判所の当初裁定は、諸島領有権はコロンビアにあるが、海域自体はニカラグア領海、とする折衷案で、何やらカレロ島を巡るコスタリカとの領土問題に似ていなくもない。経済規模でも社会成熟度でも域内最先進国のコスタリカに、領土問題で挑むオルテガ大統領は、国民には勇ましく見える。これを彼の再選戦略の一環とする冷めた見方も有る。
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コメント
精力的に書き続けていらっしゃいますね。私自身はラテン米は全く知りませんが、ラテンという観点から興味があります。特にラテン民族の中でもスペインはカルタゴやローマ、アラブに代わる代わる征服された国なので文化も人種も混じり合っています。今アラブ人、特に表面上からはイスラム教徒の妥協無き精神が世界の火薬庫になったかのように見えるだけに、その解決の突破口は何なのかとつい考えてしまいます。もう一人のラテン民族代表のローマ人が民族間の宥和政策が上手く、それが故に多民族を含む広大な、交通と通信の便を考えると現在よりはるかに広大な、ローマ帝国を永く維持しただけにその違いは何なのか、考えてしまいます。是非貴君のご見解や糸口をブログに載せてみてください。
投稿: 長澤 | 2010年11月23日 (火) 13時24分
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
投稿: 履歴書の書き方 | 2014年1月 2日 (木) 11時48分