一触即発?対コロンビア-チャベスの動き
1958年8月、チェ・ゲバラとカミロ・シエンフエゴスが率いる革命軍が進撃してバティスタ軍を潰走させ、国内状況が革命成立に大きく動かせることになった町、サンタクララ。この地で7月26日に行われたキューバ革命記念式典では、恒例の国家最高指導者による演説が行われなかった。極めて異例であり、事件、とも言える。
公的にはあくまでラウル・カストロ国家評議会議長が最高指導者だが、その時首都ハバナの革命広場に、式典には参加しなかった兄フィデル・カストロ前議長がトレードマークのオリボ・ベルデ(薄緑色)の軍服姿で現れ、国父と崇められるホセ・マルティの像に敬礼していた。サンタクララに現れなかったのは、ベネズエラのチャベス大統領も同様だ。この日、彼の演説が予定されていた。コロンビア軍の越境進撃が近い、との信じるべき情報がある、とのことで海外訪問を見合わせた、という。
7月22日、コロンビアのウリベ政権(8月7日のサントス次期政権への交代を目前に控える)は、OASに対してベネズエラ国内のゲリラ・キャンプの写真、ビデオなどを提出し、この検証を目的とする国際ミッションの派遣を要請した。これに対し、チャベス大統領は、ベネズエラには国外の反政府勢力の基地は存在しない、と反論、OASに提出された証拠品は、米国と組んだコロンビア軍の越境侵犯を目的に捏造されたもの、と決めつけ、外交関係の即時断絶に踏み切り、コロンビアとの国境地帯に2万人の兵力を配置した。キューバ訪問取り止めを発表したのはその三日後の25日、まさしく直前のことだ。
この日、チャベス大統領野外演説で、コロンビア軍の攻撃可能性がこの20年来、最も高まった、として、その場合は原油の対米禁輸にも踏み切る、と一歩踏み出した。一方で新聞社に寄稿し、サントス次期政権が緊張緩和への確実な意思をどう表すかも見る必要がある、とも述べている。
ベネズエラの呼掛けに基づき、29日にはキトで南米諸国連合(Unasur)緊急外相会議が開催される。これにはコロンビアも出席する。ベネズエラのマドゥーロ外相は、対コロンビア断交についての説明とベネズエラへの支持を呼び掛けるため南米諸国歴訪中だが、上記外相会議ではコロンビア和平プロセス案を提示する旨を表明している。これに対してはウリベ大統領自らが、和平プロセス自体、コロンビアは十分な経験を積んでおり国際問題化させる必要はないし、過去8年間(即ちウリベ在任中)で5万人が投降し、今や体力が衰えきった左翼ゲリラとの和平交渉は有り得ぬ、と撥ねつけた。外相会議主催者は、会議の進め方に頭を抱えているようだ。
チャベス、ウリベ両大統領の相互挑発が、両国間戦争に発展する、という見方は、国際社会問題の識者には無い。チャベス大統領に言わせれば、外国にあるコロンビアの左翼ゲリラ基地が、同国軍により、国境侵犯の上攻撃された例が、2008年3月のエクアドルで実際にあった。2009年9月には、米国軍がコロンビア軍の7基地を使用できるようにした。2002年4月、ベネズエラでチャベス追放の事実上のクーデターが、米国支援の下に行われ、数日間失脚させられた経験もある(米国は否定するが大統領は頑強に主張)。つまり、彼のウリベ大統領と米国に対する不信は非常に大きい。ウリベ政権がOASにいわゆる証拠品の数々を提示したタイミングも悪い。2ヵ月後、ベネズエラでは議会選挙が行われる。不況、高インフレ、治安悪化でチャベス政権への国民支持率は下降している。反対派勢力が議会の過半数を制すると、彼の政権運営も難しくなる。敢えて申せば、ウリベ大統領はそれを狙っていた筈だ。米国も、反米左翼のチャベス政権の力が殺がれることは歓迎する。だから、チャベス大統領としては国民のナショナリズムに訴え、議会選挙を有利に導く行動に出た、と見ても、あながち間違ってはいまい。
キューバのカストロ政権が半世紀もの間続いたのは、国民に対する米国の脅威を様々な場で訴えて来たことが意外に大きい。収監中の政治犯数は、同国の非合法人権団体の見方でも百数十人、共産主義独裁国家、として見た場合、ソ連・東欧時代、或いは現在の共産主義国家に比べて、極めて少ない、と言えよう。カストロ政権は、国民の国外移住を認めることで、反政府、不満勢力の力を殺いだ。それでも国民の9割以上が残った。無料の教育、医療で、先進国並みの高学歴、長寿社会を築いた。善政に違いない。これを片手に、米国を仮想敵国とした危機政策をもう一方の手で進めた。米国の脅威は、キューバの史実が勇敢に物語るように、国民に理解され易い。こうして、ナショナリズムがカストロ政権を支えて来た。
チャベス大統領が進める危機政策は、カストロ政権のそれを想起させる。選挙制民主主義を採るベネズエラを共産主義独裁国家のキューバと比較するのは間違い、と簡単には言えまい。ラテンアメリカのナショナリズムは、1930年代からポプリスタ(ラテンアメリカ型ポピュリスト)の時代を呼び込んだ。ブラジルのヴァルガス、メキシコのカルデナス、アルゼンチンのペロンら、ポプリスタらの国民的人気の高さは、後年の今日の識者がどう言おうと、否定できまい。チャベス大統領が「米国と組んだ」「コロンビア軍襲来」を呼び掛けることで、議会選挙の結果にどう影響していくか、注目したい。
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