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2009年12月 2日 (水)

第19回イベロアメリカ首脳会議

1129日にポルトガルのエストリルで開催された第19回イベロアメリカ首脳会議が121日に閉会した。これにラテンアメリカでは赤字で記す下記8ヵ国首脳が欠席した。

この日、ホンジュラスではクーデターによって成立したミチェレッティ暫定政権下で問題含みではあるが総選挙(大統領と国会議員を選ぶ)が、ウルグアイでは大統領決選投票が行われた。124日にはボリビアでも総選挙が行われ、モラレス大統領は候補者としてこちらに注力せざるを得ない。またグァテマラでは議会の2010年予算審議が大詰めに来ており、大統領は国を離れられない。

先ずクーデターで成立した暫定政権下での総選挙、ということで正統性が問題となっているホンジュラスだが、ラテンアメリカ諸国ではパナマ、コスタリカ、ペルー及びコロンビアが選挙結果を承認することを決めた。選挙自体が公平であれば無視できない、として実質的に容認に傾いた米国の態度に続いた。セラヤ大統領復帰が先決、とするOAS始め米州の一致した要求を無視し切ったミチェレッティ暫定政権の戦術が、切り崩しに成功した格好だ。これは重要な懸念を抱え込む。ブラジル、アルゼンチンなど大半のラ米諸国が総選挙結果を承認しない、と断言している以上、ラテンアメリカ域内が分裂状態に陥ったこと、及びオバマ政権に交代して氷解した米国・ラテンアメリカ関係の再冷却化だ。首脳会議にはセラヤ政権のロダス外相が出席し、総選挙結果を承認しないよう強く訴えた。首脳会議の共同声明には、域内分裂を和らげる意味合いからか、総選挙への評価を棚上げしたまま「立憲体制(常識的にセラヤ大統領)への復帰」が盛られた。

ニカラグアのオルテガ、ベネズエラのチャベスいずれの大統領も欠席した。前者は、ホンジュラス総選挙結果を容認した隣国コスタリカのアリアス大統領への抗議、といわれる。もともとOASがホンジュラス問題の解決策としてセラヤ復帰を前提としたのはアリアス調停案とも呼ばれ、策定したのは彼自身なのだ。後者は、米軍への基地使用権問題を抱え、ウリベ・コロンビア大統領との同席を潔しとしない。また、ホンジュラス総選挙を認めない、という意味でも、ベネズエラは域内で最強硬派でもある。

キューバのラウル・カストロ国家評議会議長も欠席した。フィデル・カストロ前議長が体調を崩した2006年以降、ラウルに交代した後も、国家評議会副議長が出席してきた。第一回イベロアメリカ首脳会議は19917月、メキシコのグァダラハラで開催された。東西冷戦が終わって間もなかった。OASから追放されていたキューバのフィデル・カストロ議長が、ラテンアメリカ諸国首脳と一堂に会する機会を得た。この場が、米国のキューバ制裁を非難する国際的同調を引き寄せ、翌92年以降、毎年国連総会で非難決議が採択されるようになった。ところが、20033月にキューバ政府が反政府グループの指導者75人を一斉逮捕すると、キューバに温かった雰囲気は変わったようだ。欧州連合(EU)のキューバ制裁の影響もあろう。域内では左派乃至中道左派政権が増え、首脳外交も増えたが、イベロアメリカ首脳会議出席への優先度が低下した感が有る。

もう一人の欠席者は、パラグアイのルゴ大統領だが、聖職者出身で独身の彼に隠し子がいた、最近4人目が発覚した、というスキャンダルが背景にあるようだ。

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