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2009年12月 9日 (水)

モラレスとセラヤ

126日のボリビア総選挙で、モラレス大統領が再選され、2015122日までの新たな任期を確保した。得票率はまだ公表されていないが2005年選挙時の54%を上回り60%台確保が確実視されている。議会も、彼の与党「社会主義運動(MAS)」は目標だった3分の2の議席数には到達せずとも、上下院とも過半数獲得が間違い無いようだ。

122日、つまりボリビア総選挙の4日前、ホンジュラスではブラジル大使館に避難中のセラヤ大統領が議会により復権を断たれた。2010127日までの僅かな任期残も無くなった。その議会は、1129日に行われた総選挙で全128議席中70以上を占めるようになった模様の野党、国民党(現議席数は55)ではなく、セラヤ与党の自由党が65議席を占める(今回総選挙では45議席ほどに留まった模様)。いくら非合法選挙を声高に叫ぼうと、セラヤ大統領が国内で見放されたことをまざまざと見せ付けた。

中米でニカラグアに次ぐ貧困国のホンジュラスと南米で最貧国のボリビア。人口57千万のラテンアメリカ19ヵ国の中で、この2ヵ国は合わせてもその3%に過ぎない。だが今、最も注目を浴びる。前者は、クーデターで発足したミチェレッティ暫定政権下の選挙結果を巡り、そして後者は域内でも最大の反米政権として。

中米統合の父、と、今なお中米で敬愛されるモラサン(1792-1842)を生んだ国、ホンジュラスの先住民は、グァテマラとは異なり一大文明を築いたマヤ人ではなく、寧ろ南米北部のチブチャ民族の影響を受けていた。The World FactBook,09によれば人口の90%がメスティソ(白人と先住民の混血)という一大混血国で、マヤ王国を構成していたグァテマラ(半数が先住民)とは対照的だ。モラサン大統領時代にグァテマラが離脱したことが、中米連邦の崩壊を招いた。建国後のホンジュラスでは最高権力者が実によく代わった。建国後約80年間の内、僅か3人が最高権力者の座にあった隣国グァテマラとは対照的だ。ただ時代が下って1930年代、グァテマラのウビコ独裁(1931-44年)時代は、ホンジュラスでもカリアス独裁時代(1933-48年)と重なる。個人による長期独裁も、だからホンジュラスにもあった。1963年より82年まで、事実上の軍政が敷かれているが、グァテマラでは1954年より86年まで軍政、乃至は一時期を除き大統領は民選だが軍人、という時代だ。民政復帰後、ホンジュラスでは自由党、国民党の二大伝統政党の文民候補者が民選で大統領を務めて来ている。政党の栄枯盛衰の激しいグァテマラとは、これも対照的だ。

ボリーバル(1783-1830)が解放したアルトペルーはもともとインカ帝国を構成し、人種上もペルーと同質性があったが、彼の構想だったペルーとの一体化を嫌い、一国として独立した。代わりに、国名を彼の名前から取り、彼の国家思想を反映させた憲法を制定した。同じくThe World FactBook,09によれば人口の55%が先住民でメスティソは30%だ。建国後、ペルーとの連合国家や同盟による二度に亘る対チリ戦争(1836-391879-84)、及びパラグアイとのチャコ戦争(1932-35)の対外戦争を経験し、敗退し、内陸国となり、領土は現在の110万平方キロに縮小した。ラテンアメリカとしてはメキシコ革命に次ぐ二つ目の社会革命を成し遂げた(1952年)。1961年に米国のケネディ大統領が推進した「進歩のための同盟」では、国民一人当たりで域内最高額の援助を得た。だが64年に軍政となり、67年、ゲリラ活動を行っていたゲバラを捕獲し処刑した。軍政後半より親米色を強め、82年の民政移管後も継続された。だが、米国が麻薬戦争の一環で目の敵とするコカ栽培農家が先住民社会に多いこと、米国流新自由主義経済政策への反発、新たな資源として登場した天然ガスに関わるナショナリズムなどが、コカ農家出身のモラレスが大統領選に初めて登場した2002年頃には、国民レベルでの米国離れを招来していた。だが、米国大使の追放措置をとったのは、2008年に起きた15名の犠牲者を含む150名の死傷者を出す事件の後のことだ。反米的言動は、彼が第一次政権に就いても、ずっと抑えてきた。

ホンジュラス総選挙結果の承認をコロンビア、コスタリカ、ペルー、パナマ以外の域内諸国から得るまでには、まだまだ相当の時間がかかるようだ。128日にモンテビデオで開催されたメルコスル首脳会議では認めないことを決めた。ALBA諸国は11月末の共同声明で認めぬ旨を通告していた。域外では欧州連合(EU)もまだ認めていない。セラヤ大統領はブラジル大使館から、新たな政治勢力の結集を支持者に呼び掛けている。その名も「抵抗戦線」、恐らく内戦まで発展することはなかろうが、気になるところだ。

モラレス大統領の政治日程で重要とされるのは、4月に行われる地方選だ。反モラレス勢力の地盤で与党が知事の椅子を含め勝利すれば、エネルギー資源の国有化は名実ともに完成しよう。また、彼の政権基盤は一気に強化される。気になるのは、勝利宣言後チリとペルーの次期政権に関わる期待を公言し始めたことだ。対米関係の改善がどの時点で為されるか、と共に注目していきたい。

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