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2009年8月19日 (水)

メキシコ大統領のブラジル訪問

815日から17日まで、メキシコのカルデロン大統領がブラジルを訪問した。この二ヵ国、The World FactBookによれば、2009年現在の人口は推計で合計3.1億人、ラテンアメリカ十九ヵ国全体の55%2008年のGDP予想値が2兆8千億㌦で、同じく3分の2を占める。ご周知の通り、両国ともG20と称する金融サミットに参加する。だから両国首脳がお互いに訪問し合うのは自然ではある。

 これに先立って、彼はコロンビアとウルグアイをも訪問した。メキシコを出発したのが812日、つまりNAFTA首脳会議を自国グァダラハラで終えたばかり、つまり同時期に行われたUNASUR首脳会議からも時間があまりたっていないタイミングのことだ。早速、後者に欠席したウリベ大統領と会談している。ベネズエラが激しく反発し域内問題として騒がれる、コロンビア政府による米軍への基地7ヵ所の使用権貸与については、NAFTA首脳会議でオバマ米大統領から、米軍基地は作らない、と断言されていたことを紹介し、域内兄弟諸国が国家主権を前提とした対話と相互理解を深めることで解決すべし、と、コロンビアに理解を示した。またウルグアイではタバレ・バスケス大統領から温かく迎えられた。ウルグアイは、軍政時代に大勢の亡命者を受け入れたことで、メキシコとは非常に好関係にある。

 

ブラジルで、彼は両国間のエネルギー部門での広範な同盟関係構築を訴えた。彼によれば、2004年に日量330万バーレルだった生産量は、今年250万バーレルにまで減少する。一方ブラジルは、やはり彼の発言として、僅か10年の間に80万バーレルから270万バーレルにまで増産した。彼は、2020年までにブラジルの産油量が570万バーレルまで増えよう、とまで述べる*。ここで、メキシコのPemexとブラジルのPetrobras両国営石油会社間技術協力を訴えた。PemexとしてはPetrobrasの持つ1万フィートの掘削技術が欲しい。彼らはこれまで最大で3千フィートまでしか掘削できていない。Petrobrasの掘削最深記録は、実にメキシコ湾で実現している。自国の産油量を高めたいカルデロンとしては、Pemexの意向を後押しするのは当然、という考えだ。また、バイオ燃料の技術導入にも大きな関心を示す。

The World FactBookによる2007年の産油量は、メキシコ350万バーレル、ブラジル228万バーレル。

 817日の首脳会談で、ルラ大統領が、メキシコが南米を、ブラジルが中米・カリブ地域を注視する時代の到来を夢見てきたが、これが叶った、とも述べた。カルデロン大統領は、ラテンアメリカの二大経済大国同士の貿易高が74億㌦の水準で満足すべきでない、として、PemexPetrobrasの協力関係の強化、及び2国間FTAの締結を主張した。対米依存率が高いメキシコは、現下の金融危機の影響がラテンアメリカ主要国の中で最も大きく、一方のブラジルは比較的軽度にとどまっている。ブラジルは自力で航空機まで生産する工業水準を誇り、加えて世界的な農業大国でもある。経済力は購買力ベースによるGDPは世界第9位(The World FactBookによる)、一つの市場として無視できぬ巨大さだ。メキシコはGDP世界第11位、と言っても、工業部門は米国企業による直接投資とNAFTA枠組みでの国際競争力に依存し、米国で雇用される国民からの送金、或いは米国からの観光客など、対米依存が強固だ。これからの脱却は、歴史的悲願でもあった。

メキシコとブラジル。前者はアステカ、マヤの高度文明をスペイン人が征服した地で、先住民とメスティソ(白人と先住民の混血)が多い。白人は2割弱だ。後者はポルトガル人による征服期は経ず、同じく植民したアフリカから奴隷を大量移入したことから、黒人とムラト(白人と黒人の混血)が多い。それでも白人は過半数を占める。建国は1822年、いずれも帝政による(私のホームページの「ラ米諸国の独立革命」の年表http://www2.tbb.t-com.ne.jp/okifumi/C2_1.htm#2を参照願いたい)。他のラテンアメリカ諸国は全て、アメリカ合衆国をモデルとして、共和制を導入した。

メキシコは、1年で帝政が崩壊し共和制に移行したが、国内の混乱、テハス(テキサス)の分離とその米国への併合、これに絡まる米国の侵攻(米墨戦争)での国土割譲、フランスの侵攻、と、独立後46年間、苦難の連続だった。ディアスの独裁期(1876-1911年)を経て、犠牲者数が国民の一割、ともいわれるメキシコ革命(1910-17年)に突き進んだ。独裁者を廃するために大統領は生涯一度しか務められない仕組みを作った。だから組織(政党)の力が強い。1934年から、全ての政権が6年間の任期を全うする、国際的にも稀有な政治状況が続く歴史を持つ。

他方ブラジルは帝政下、もともとアルゼンチン領土だったウルグアイを喪失したものの、列強の侵攻とは無縁、唯一の対外戦争とも言えるパラグアイ戦争には勝利、と、対照的な建国期を歩む。1889年の共和制移行を挟んで、メキシコとは異なり、隣国アルゼンチン同様、大量のヨーロッパ人移民を入れた。1930年のヴァルガス革命は、メキシコと異なり社会制度を変えるものではなく、且つ無血だった。ブラジル史上、共和制の中で飛び抜けた(しかしラテンアメリカでは結構多くみられる)長期政権(1930-45年、1950-54年)を担った。彼が自決した後、不安定な政治状況が続き、悪名高い軍政期(1964-85年)を経験する。民政下で選挙を経た大統領が、メキシコのように任期を全うするようになったのは、実に1995年以降のことだ。

ホームページの「ラ米の政権地図」http://www2.tbb.t-com.ne.jp/okifumi/CI3.htmにも述べているが、2000年にメキシコで国民行動党(PAN)政権が発足した。同党は右派、に位置づけられる。カルデロンはその二代目だ。それまで71年間継続して政権を担ってきた制度的革命党(PRI)は下野している。社会主義的なメキシコ革命を奉じる政党のはずだが、実際には新自由主義経済路線を採り、NAFTA加盟を実現させた。だからPANには政策面での継続性がある。方やブラジルの労働者党(PT)は、労働運動のカリスマ的指導者だったルラ自身が創設した。容共左派、と看做された。1989年から全ての大統領選に出馬する彼を、既存政治勢力は危険視した。漸く2002年に第一次政権に就いた後のことはご周知の通りだ。確かにカストロを尊敬し、またチャベス・ベネズエラ大統領など反米勢力とも信頼関係を築いているが、一方では米国からも信頼できる政治指導者、として高い評価を受ける。

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