キューバ:後戻りか変化か
日本の新聞で、最近久し振りにキューバのニュースが大きく採り上げられた。ラヘ官房長官とペレス・ロケ外相の更迭と、両人の共産党及び国家評議会ポスト辞任である。ネットを探すと、米国のメディアなどは1992年のアルダナ、99年のロバイナの解任劇と早速比べてみている。要するに、フィデル・カストロが元気な頃、カストロ後の指導者として取り沙汰されていた人たちは、結局失脚する、というものだ。私も、同じようなことがあったな、と思ってネットで調べたのだから、アプローチは似たようなものだ。
1992年、ハバナに最後に駐在していた時の私が、失脚前のカルロス・アルダナについて知っていたのは、共産党外交委員長で、党の思想部門を統括する大変な実力者で、外国のメディアは何とか会見したがっているが先ず会えない、といわれていたことくらいだ。しかし、ラヘも既にアルダナ同様共産党政治局員の一人で、しかも国家評議会副議長兼閣僚評議会副議長にもなっていた。立法、行政双方の公職に就けば、テレビにも出る。国民の中で知名度も上がる。外国の政官界及び財界との交流の場にも出る。ここがアルダナと違うところだ。頭脳明晰で博識、胆力に優れ人当たりも良い。ソ連解体でキューバが最悪の経済・社会危機にあった年で、連続再選を狙うブッシュ父がクリントンとの大統領選直前に、キューバ制裁強化のための「トリチェリ法」に署名した。
アルダナが失脚した時、ラヘはまだ40歳を過ぎたばかりで、これでカストロ後の指導者に決まったようなもの、という声も結構聞こえたことを憶えている。最悪の経済危機乗り切りのため、国民の個人営業認可や外貨保有解禁、観光振興や外資導入積極化など、キューバの経済開放政策が相次いで打ち出された。ラヘがかかる推進派の中心人物だったことはよく知られる。
ロベルト・ロバイナは93年2月、35歳で外相になった。前任者が長く国連大使を務め、人民権力全国議会(国会)議長に就いた56歳のベテラン外交官だったアラルコン、さらにその前のマルミエルカは64歳になるまで16年間に亘って外相を務めた。社会主義国の常として、この国でも外相とか主要閣僚の在任期間は大変に長い。だから初任年齢は一般的に若い。それにしてもロバイナへの若返りは、驚きを持って迎えられた。フィデルが「ロベルティーコ(ロベルトの愛称)」と呼んで可愛がっていたことは周知だったが、テレビにもよく出るし、よく喋るし、話も分かり易い。国内的人気を得た。ポスト・カストロということでは、ラヘの競争相手に急浮上した。この二人に共通するのは、その頃は次世代の指導部への登竜門のような「青年共産主義者連合(UJC)」議長の経験者、という点だ。ロバイナは、だが失脚した。
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がキューバを訪問したのは、ロバイナ失脚の約1年前だ。各地でミサを行い、外国のキューバ制裁を断じ、またキューバへの民主主義回帰を促した。この後グァテマラとドミニカ共和国がキューバと復交、中南米でキューバと外交関係を持たない国はエルサルバドルだけ、となった。米国の制裁解除は時間の問題、と囁かれた時期だ。ベネズエラでは、チャベスが大統領選を制した。そんな年に、ロバイナ就任時年齢よりもっと若い弱冠33歳のペレス・ロケが彼を継いで外相となった。
2001年は米国で「9.11同時多発テロ事件」が起きた年だ。この年末、米国からの食糧品と医薬品が37年ぶりに入ってきた。しかし03年3月の反体制活動家75人の一斉逮捕は、4月の米国によるテロ支援国家指定(食糧品・医薬品は継続)、6月の欧州連合(EU)によるキューバ制裁(事実上1年半で終る)に発展した。キューバにあっては、経済開放政策が見直された。革命の理念と相反する国民間格差の拡大にフィデル・カストロも業を煮やしたため、とみられた。04年初頭までに個人営業に対する課税強化や新規参入の規制が見られ、また外貨は法定価格による交換が義務付けられた。ラヘ個人への批判は無かったが、影響力が低下し始めたのではなかろうか。その2年半後、フィデルが倒れた。そして米国発世界同時不況に入り、米国でオバマ政権が発足した年に解任された。アルダナ50歳に対して57歳だ。共に解任されたペレス・ロケはロバイナ42歳に対して、43歳である。いつか来た道だろうか。
今回の二人の解任劇を、革命世代の揺り戻し、とみるメディアもある。ラウルが国家評議会副議長に選出されフィデルを継いだ時、第一副議長、つまりナンバー2の位置に就いたラモン・ベントゥラの存在を指摘する人もいる。だが、そうではあるまい。今回解任されたのは外国貿易相と経済・企画相も同様だ。またこの際に経済関係の4省が2省に統合されている。行政改革が進んでいるとみてもよかろう。ラヘ官房長官は国家評議会議長を兼務する閣僚評議会議長(首相)の実務を代行する職責を担う。外交、通商、経済政策面で、外相、貿易相、経済・企画相の上位に立つ。官房長官としてのラヘ後任についての情報は、私は持ち合わせない。ひょっとしたら廃止されたのかもしれない。
ペレス・ロケの後任は外務次官の昇格だから、外交のプロが外交を担うマルミエルカ時代への回帰かも知れない。おりしも米国がオバマ政権になった。事前の期待に反して、オバマ大統領もキューバ政策は踏襲する、と言う。ラウルとは会っても良いとは言うものの、今のままではせいぜい在米キューバ人の里帰りと家族への送金の頻度を、クリントン政権時代の水準にまで戻すくらいしか改善の余地はないようにもみえる。ラウル自身は対米関係改善を目指しているようだ。外交、通商政策面での変化は、あり得る気がする。
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