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2009年1月21日 (水)

オバマ大統領就任に思う(1)

旧英領のアメリカ合衆国で、オバマ大統領が就任した。17894月にワシントンが初代大統領に就任して220年経ち、彼が第44代目に当たる。この国には大統領死去による副大統領昇格の事例はあるが、軍事クーデターによる大統領追放は無い。殆どの大統領が、一期4年、乃至は二期8年の任期を全うした。世界恐慌期から第二次世界大戦に至る時代に大統領となったフランクリン・ルーズベルト(任期1933-45年)の例外を除き、8年以上の政権に就いた人はいない。旧スペイン・ポルトガル領のイベロアメリカ(ラ米)十九ヵ国にこんな国は無い。

17767月の合衆国(以下、米国)独立宣言から34年経った18117月、コロンビアが「クンディナマルカ共和国」として独立を宣言した。カリブ沿岸地方を除いてはいるが、ラ米全体として、独立宣言第一号となろう。そし1年後、パラグアイとベネズエラが続く。自治権を宣言する動きは、1810年までにエクアドル、ボリビア、ベネズエラ、アルゼンチン、メキシコ、チリで起きた。だが、英領北アメリカ東部十三州とは異なり広大なラ米植民地では、かかる行動が、お互いに遠く離れた地で散発し、統一した政治行動にはなり得なかった(私のホームページ中の「ラ米概史」http://www2.tbb.t-com.ne.jp/okifumi/CI6.htm見開きページ参照)。独立後は、米国でワシントンにあった強い求心力が、ラ米の独立革命指導者には無かった。例えばアンデス諸国で激烈な独立革命戦争(「ラテンアメリカ諸国の独立革命」http://www2.tbb.t-com.ne.jp/okifumi/CI2.htm参照)に身を捧げた英雄、ボリーバルにすら、ワシントン並みの求心力は働かなかった。領土の大小、人口の多少に拘わらず、支配層同士の抗争が絶えず、地方ボス(カウディーリョ)が割拠する世界が、先ず現れた。

米国が憲法を制定したのは17879月、独立宣言から11年、宗主国軍を撃退して6年、パリ講和条約で対宗主国戦争が正式に終結して4年をかけた。

憲法は国家の仕組みを決める基本法で、その時々の政権に正統性を与えるべきものだ。その制定は、多くの場合、米国と異なり、講和条約(即ち宗主国による独立の承認)を飛び越した。宗主国による独立承認は、国際社会における当該国の正統性が正式に認められるプロセスだ。宗主国以外で独立承認が為されたにしても、国際的立場は決して強固なものではなかった。宗主国の皇太子が皇帝に即位する形で独立したブラジルに対するポルトガルの承認は1825年、即位後3年と早かった。これは特殊例だ。

副王との合意で副王軍司令官が取りつけたメキシコ独立の、スペインによる正式承認は、他と比べて飛び抜けて早かったがそれでも1836年、事実上の独立から15年経っていた。宗主国軍を撃退して独立を事実上達成した(つまり解放された)アンデス六ヵ国に対するスペインによる承認は1840年代以降、承認時期に大きい幅があり、ボリビアは1861年、建国から36年もの年月が過ぎていた。いずれもとっくに憲法を制定し、ベネズエラとエクアドルを除くと、大統領も何人か代わっていた。アルゼンチンの初めて憲法制定は1853年のことで、ラ米新興国では例外的に遅い。だがスペインが独立を承認したのはその6年後である。独立宣言からは43年も経っていた。

多くの国では、米国憲法をモデルに制定されたが、多くの国でその時々の為政者によりどのようにも解釈され、或いは改訂された。国内では政権に正統性の問題が常に付き纏い、主義主張の異なる勢力同士がカウディーリョと組みクーデターを繰り返す。或いは強力なカウディーリョによる支配が行われた(「カウディーリョたち-ラ米の建国期」http://www2.tbb.t-com.ne.jp/okifumi/CI4.htm参照)。だから国家統合そのものが遅れた。隣国との戦争、国内での内戦や内乱も頻発し、国庫も疲弊、国力は殺がれた。政情不安で政権がくるくる変るか、独裁者による強権政治が幅を利かせるか、或いは両方、という歴史を辿った。帝政を採ったブラジルや、他にも例外はある。いずれにしても、米国とは大きく異なる。

米国は、1812年から2年半続いた対英戦争後は西部開拓、即ち領土拡大に邁進できた。1846年から2年弱の対メキシコ戦争に勝ち、大陸の領土を太平洋岸まで拡大した。1861年から4年間に亘る南北、という内戦はあったが、産業革命の波に乗り世界の先進工業国の仲間入りを果たせた。

以上は何も建国期に限ったことではない。確かに、十九世紀後半からラ米でも一部の国々を除き、政権交代が順調に行われるようにはなった。経済的には、欧米工業国に対する資源輸出、製品輸入、及び資源とインフラ部門の投資受け入れという周縁地域の地位にありながらも成長を享受できた。ヨーロッパ列強の軍制を導入し、クーデターは起こりにくくなった。だが世界恐慌を機に、DNAが蘇ったかのように、再びクーデターが頻発し独裁政権が生まれ、1960年代には軍政に向かう国が多く出た。

一方で周縁地域からの脱出を狙う「輸入代替産業」政策によって工業化も進んだ。ただ工業化が本格化してから今日まで、早い国でも70年ほどしか経っていない。もともと工業化が進み、二度の世界大戦で殆ど無傷のまま、第二次大戦後圧倒的な経済・軍事力を誇示する米国は、クーデターや軍制とは無縁だった。

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